四 シミュレーション

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四 シミュレーション

 ジョー、キティー、サーシャの三人はコントロールポッドのシートに座っている。三人用のコントロールポッドは小さな宇宙船だ。ここはクラリスがシミュレートした4D映像空間だ。  シートの周囲にコントロールポッドの外部4D映像が現れた。どこまでも拡がるプレーリーだ。至る所に戦艦の残骸が転がっている。惑星シュメナを攻撃した同盟軍の戦艦だ。遠くに岩山が見える。4D映像探査(素粒子信号時空間転移伝播探査)で惑星シュメナの波動残渣から構成した4D映像はあらゆる状況が現実と同じだ。ドック・アインはどこにも見えない。 『ドック・アインを5D座標表示してくれ』  ジョーはクラリスに精神思考を伝えた。この方が言葉より速い。 『了解』  コントロールポッド内にクラリスの3D映像が現れた。クラリスはコントロールポッド内に惑星ロレンツ、シュメナ、イショカンの5D座標を表示した。  惑星ロレンツ、シュメナ、イショカンはガイア型の惑星だ。重力は一G前後。三惑星の地軸は恒星ロレアンの公転面に対して七十度から八十度の範囲で傾いている。季節がある。  惑星ロレンツ、シュメナ、イショカンの公転周期はガイア時間でおよそ二百日、三百五十日。五百日だ。内惑星のロレンツは外惑星のイショカンより公転周期が短い。  コントロールポッドはロレンツ星系惑星シュメナの北半球中緯度帯にいる。ドック・アインは南半球の中緯度帯にある。 「さて、どうする・・・」  ジョーは何も考えつかない。何かがおかしい。精神思考が鈍っている。 『クラリス。ドック・アインへ転送スキップしてくれ』 「転送スキップはできません。特異点の変動でヒッグス場が安定しません。  精神思考の鈍化も、ヒッグス場が不安定なためです。  コントロールポッドのPDドライブは健在です。  コントロールポッドの動きはシミュレートも、コントロールポッドに指示してください。コントロールポッド自体が私の分身、サブユニットです。  ヒッグス場の濃淡によるエネルギー補充むらは、コントロールポッドの移動には支障ないわ」 「ここからドック・アインまで約一万キロ以上の移動です。  コントロールポッドをステルス形状ですが、必ず多重位相反転シールドしてください。  大気圏移動はマッハ五まで加速可能です。無音のステルス状態で飛行できるわ」  クラリスが改造作業中のコントロールポッドを表示した。  コントロールポッドは新型のステルス形状だ。従来の回転楕円体から円盤状に扁平して、末端が鋭利なナイフエッジ形状に変化している。 「ナイフエッジ部をドック・アインに向けて移動する限り、ドック・アインの電磁波探査に捕捉されません、基本的なステルス形状です」  クラリスが円盤状のコントロールポッドの鋭利な末端部を示した。 『マッハ五なら、一.七時間程度の飛行でドック・アインへ移動できる。  移動に関して、シミュレートを省略していいだろう』  ジョーはクラリスを見つめた。  ジョーの精神思考を読んで、クラリスがジョーを睨んだ。 『飛行時間のシミュレートは十秒ほどです。  実際の時間と合わせるように、三人の意識記憶を管理してます。  意識内の時間省略は無しです。  いいわね、ジョー』 『了解した。移動過程を省略したら、シミュレートにならないか・・・。  では、ドック・アインへ弾道飛行する。我々を保護してくれ』  ジョーはコントロールポッドに指示した。  コントロールポッドのシートが三人を衝撃緩衝用の防御エネルギーフィールドで包んだ。コントロールポッドは浮上して、水平飛行からいっきに加速した。約五十分間上昇して高度一千キロメートルに達し、ふたたび約五十分間降下した。  一.七時間ほどで、コントロールポッドがドック・アインの上空で滞空した。三人の意識場の時間は一.七時間ほどだったが、実質シミュレート時間は十秒ほどだった。 『これじゃあ、コントロールポッドの下部面がドック・アインから丸見えだぞ。  ステルスで無音でも、対空レーダーに捕捉される。  まったく、何を考えてるんだ・・・』  キティーが、同盟軍侵攻を警戒するドック・アインの電磁波亜空間転移伝播探査を気にしている。 『直接的な弾道飛行は危険だな。  もっとドック・アインの手前で、低空をステルス飛行しよう。  クラリス。やりなおしてくれ』  ジョーは精神思考が鈍っているのを実感した。 「いくらシミュレートでも考えて行動してください。  精神思考を自己コントロールできるはずよ」  クラリスはジョーに忠告し、シミュレートした4D映像空間の時間軸を、原点の、コントロールポッドが出現した惑星シュメナの北半球中緯度帯へ戻した。 『ドック・アインから一千キロ離れた南半球の低緯度帯へ弾道飛行しよう。  タイミングを合わせてメテオライトを南半球へ落としてくれ。  コントロールポッドの周囲をメテオライトにカモフラージュできるか?』  ジョーはクラリスに伝えた。 「可能よ。コントロールポッドの周囲に取り外し可能な偽装パーツを装着しましょう。  DMR1、聞えた?」  クラリスは〈ドレッドJ〉の格納庫のストックオペレーティングルームを3D映像化した。 「聞えました。指示を実行します。名前を呼んでください、マザー」 「わかったわ、ダニー。早く作業してね」 「わかりました。マザー」  メカニックロボットDMR1がうれしそうに応答している。  DMR1はクラリスの意識と知能を受け継いだ、クラリスのサブユニットの分身人型アンドロイドだ。DMR1の記号で呼ばれるより名前で呼ばれる方がうれしい。  クラリスはダニーの3D映像を消した。  クラリスは、ニオブのJ(オリオン国家連邦共和国代表の戦艦〈オリオン〉提督・総統J)がPDと共にテレス帝国を壊滅する際に、PDのサブユニットPeJの重要性を学んだ。  その結果、〈ドレッドJ〉の至る所にクラリスの分身AIロボットを多数出現させている。メカニックのDMR1もその一体だ。クラリスの分身AIロボットは五体存在する。 「さて、コントロールポッドの偽装パーツ装着をシミュレートしました。  タイミングを合わせてメテオライトを落下します。  飛行してください」 『了解。  ステルス状態のままドック・アインへ弾道飛行し、ドック・アインから一千キロメートル離れた高度一千メートルに滞空してくれ』 「了解しました」  コントロールポッドが答えた。 『ポッドが答えたぞ!』  キテイが興奮している。 「先ほど説明したように、私が連絡できない場合を想定し、コントロールポッドに私を分身化しました。私のサブユニットです。私と思って話してください。  名前はポッドです」 『わかった、クラリス』 「シミュレートします」  クラリスのアバターが消えた。 『よろしく、ポッド』  「よろしく。ジョー、キティー、サーシャ。  私はナイフエッジ状の末端を持つ円盤状です。  内部は〈ドレッドJ〉の司令官の居室と司令官室のコントロールポッドを合体させた構造です。  飛行時は、皆さんの正面が船首方向のナイフエッジ状の末端です。  頭部方向が上部、足下方向が下部です。  進路表示は〈ドレッドJ〉と同じです。  飛行を再指示してください」 『ドック・アインから一千キロ離れた南半球の低緯度帯の高度一千メートルへ弾道飛行だ。  そこから、衝撃波を出さずにマッハ一未満でドック・アインへ直線飛行してくれ。  本番の時は、メテオライトに紛れて飛行する』  コントロールポッドのステルス性能は電磁探査と音に関して機能する。ポッド質量と超音速衝撃波と飛行時大気変動をステルスできない。 「了解しました。  支障ない過程は時間短縮します。  シミュレートですから・・・」とポッド。    ふたたび4D映像空間で、コントロールポッドのシートが三人を衝撃緩衝用の防御エネルギーフィールドで包んだ。  ポッドが浮上した。水平飛行からいっきに加速し、約五十分間上昇して高度一千キロメートルに達し、ふたたび五十分間弱降下した。  ポッドは、精神思考域で二時間たらずで、ドック・アインから北西へ一千キロメートル離れた高度一千メートル上空へ達し、船首をドック・アインへ向けたまま、マッハ一未満で直線飛行した。飛行時間のシミュレートは二時間程度だった。 『ポッド、停止だ!』  キティーが指示した。 「了解!」  ポッドが停止した。ドック・アインから北西へ六百キロ離れた、高度六百メートル上空で滞空している。 『このまま飛行して、ドック・アインで滞空するのか?  どうやってドック・アインに浸入する?  手段を考えてあるのか?』とキティー。 『何も無い。精神思考が停止した』  キティーの問いにジョーは言葉が無い。 『サーシャは何か対策を考えてるか?』  キティーはサーシャの頭部を見た。七色の羽毛から輝きが消えているのを感じた。 『ありません・・・』  サーシャの頭部で、後ろを向いたホーンのような突起がうなだれている。キティーはこの組織が鶏の鶏冠のような組織だろうと思っていたが、思考に関係する組織らしいと気づいた。 『お手上げだな・・・』  キティーは困惑しながらクラリスに確かめた。 『クラリス。ドック・アインにいるイグアノンの捕虜から思考を読めるか?』  ポッド内にクラリスの4D映像が現れた。 「特異点の影響でヒッグス場が安定しません。  そのため、ヒッグス場を媒介にする精神思考が鈍化しています。  精神思考同様に、4D映像探査も安定しません」 『精神思考ができなければ、思考記憶探査もできないか・・・。  待てよ。今、私たちは精神思考で会話してるぞ・・・』  キティーは、サーシャがキティーに、ドック・アインへ潜入する意識を飛ばした事を思いだした。 『サーシャ。イグアノンはレプティカを使えるか?』 『イグアノンの捕虜の多くがレプティカを使えます』  イグアノンのなかでも、知能が高いイグアノンがレプティカを使える。 『クラリス。サーシャの意識と思考をドック・アインの近くへ時空間スキップ(時空間転移)できるか?』  キティーがクラリスに訊いた。 「意識と思考を防御エネルギーフィールドでシールドすればスキップは可能です」とクラリス。 『クラリス。サーシャの意識と思考をスキップしてくれ。  サーシャ。捕虜のイグアノンから、ロレス艦(ロレス帝国の戦艦)の、コントロールポッドのアクセスポイントを読みとれ』  キティーはサーシャとクラリスに指示した。 「わかりました・・・」  クラリスとサーシャが答えると同時に、サーシャの意識と思考が惑星シュメナのドック・アインへ時空間スキップした。 『ポッド。サーシャがロレス艦からコントロールポッドのアクセスポイントを読みとったら、それに見合う対応をシュミレートしてくれ』とジョー。 「了解です。  サーシャ、思考を読みとったらイメージを送ってください」とポッド。 『わかりました。調べます・・・』とサーシャ。  今、サーシャはジョーとキティーと共に、シミュレートされた、ドック・アインから北西へ六百キロ離れた高度六百メートル上空で滞空しているポッド内に居る。 『サーシャ。  ロレス艦のコントロールは、ブリッジで行うのか?』  ジョーはサーシャに伝えた。 『コントロールは〈ドレッドJ〉と同じシステムです。  艦体は、ゴースト艦隊のような攻撃用球体型宇宙戦艦ではありません』  サーシャはドック・アインにいる捕虜のイグアノンの意識と記憶を読んで伝えた。ロレス帝国の起源がどの時空間にあったか、サーシャは知らない。  惑星ガイア歴で十世紀以上前、他時空間からディノスが、イグアノンとラプトが居住するアルギス星団に亜空間スキップした。  アルギス星団のアルギス星系にある、惑星アギレスと惑星ロギレスはイグアノンとラプトの惑星だ。  ディノスはロレンツ星系に居住し、海洋惑星ロレンツと、海洋が無い惑星シュメナと惑星イショカンを支配した。  ディノスの宇宙戦艦は、海洋惑星の海洋戦艦から発展した宇宙戦艦で、基本概念は惑星ガイアの宇宙戦艦に似ている。 『コントロールポッドのアクセス可能範囲はどれくらいだ?』とジョー。 『艦体に接艦すればコントロールできます』  サーシャは、ロレス艦の制御システムを担当しているイグアノン捕虜の記憶を読んだ。 『ポッド。サーシャのイメージを捕捉したか?』とジョー。 「捕捉しました。今、対策を練っています・・・」  ポッドが答えた。  ポッドは思考した。コントロールポッドのステルス性能は電磁波探査に捕捉されないことと無音だけだ。可視光域の電磁波に対してステルス性能を発揮はしない・・・。  コントロールポッドの背後の光景をコントロールポッド表面に投影すれば、コントロールポッド本体は正面からは認識されない。  だが、質量分析されれば何も見えない空間に質量が存在する。コントロールポッドの存在は明らかになってしまう・・・。 『マザー。  ポッド周囲の光景をポッド表面に投影して、ポッドを光学ステルス状態にできますか?』 『周囲の背景自体のスキップね。  本来なら可能ですが、特異点の影響でヒッグス場が不安定なため不可能です。  0次元変換も不可能です』とクラリス。 『わかりました・・・。  コントロールポッドは、メテオライトの偽装パーツが装着されてます。  光学ステルスも0次元変換も不可能なら、地表を自己スキップしてドック・アインへ近づきます』とコントロールポッド。 『自己スキップは不可能です。  特異点の影響でヒッグス場が不安定なため、コントロールポッドのスキップ目標地からスキップを妨げる他物質を排除するのは不可能です』とクラリス。 『このシミュレーションのように、北半球にスキップするとは限らないのですね?』 『そのとおりです。  コントロールポッドの移動は、特異点がとヒッグス場の安定時に実行します。  惑星シュメナのどこにスキップしても、作戦を実行できるようにシミュレートしてください』 『惑星シュメナの大気圏外にスキップする可能性もありますね?』 『大いにあります。スキップはヒッグス場の安定度に影響されます。  ポッドは、惑星シュメナの各地から、建造中のロレス艦に接艦する事のみを考えてください』 『了解です。マザー。  夜陰に紛れて地表を自己移動します。  メテオライト迷彩してあるから、大地に大岩が有るように見えるはずです』 『その作戦の方がいいでしょう・・・』 『それで行こう・・・』  ジョーは呟くようにポッドに伝えた。
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