五 敵地潜入

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五 敵地潜入

 グリーゼ歴、二八一五年、十二月九日。  オリオン渦状腕最外縁部、アルギス星団ロレンツ星系、  惑星シュメナ南半球、ロレス帝国軍、シュメナ軍事基地、ドック・アイン。  十二月九日午後。  クラリスによって三人が搭乗したコントロールポッドが、時空間スキップした。  瞬時にポッドは、惑星シュメナの南半球、ドック・アインから北西へ六百キロメートル離れた、高度六百メートル上空で滞空している。  惑星シュメナの重力は〇.九G。恒星ロレアンの公転面に対して地軸は六十九度、つまり、赤道面は二十一度傾いている。季節があり、自転周期は約二十三時間だ。 『ポッド。今、何時だ?』とジョー。 「現地時間二三〇〇時です」 『可視光識別限界までドック・アインへ近づいてくれ』 「了解です」  コントロールポッドがドック・アインから百キロメートル離れた地表に着陸した。 「地表はポッドのメテオライト迷彩と同規模の岩が多い礫砂漠です」  ポッドが周囲を4D映像表示した。ジョーとキティーとサーシャの周囲に岩が多い礫砂漠が現れている。 「同様な礫砂漠が、ドック・アインから十二キロ地点にもあります・・・」  コントロールポッドのセンサーがロレス帝国軍の電磁波探査を感知し、ポッドの内部空間に赤い点滅が現れて警報が鳴った。 「ロレス帝国軍の探査波です。同盟軍の侵攻を警戒してる・・・」  ロレス帝国軍は電磁波探査を行って侵入者を警戒している。素粒子信号時空間転移伝播まで技術が進んでいないために、ポッドの4D映像探査と5D座標表示を探知できない。 『探査波の発信源は静止軌道か?』 「高度十キロメートルを巡回飛行する〈サーチ〉級の巡航戦艦からです。  エネルギー移動を5D座標表示します」  三人の周囲から礫砂漠が消えて、コントロールポッドの内部空間に5D座標が現れた。  十キロメートル上空を移動する黄色の輝点から、座標原点の位相反転シールドを示す青白い光彩領域に包まれたポッドへ向って、探査ビームのエネルギー移動を示す薄緑輝帯が現れている。移動する黄色輝点は、〈サーチ〉級の巡航戦艦に匹敵する動的エネルギーを示している。 〈サーチ〉は、テレス星団惑星テスロンのギルドに所属するアシュロン商会所有の、検閲用イージス艦だ。テレス帝国が壊滅した今、〈サーチ〉は、暫定的にテレス連邦共和国軍警察星系間航路コンバットと名を変えた、コンバットに所属している。 『探査艦の情報は確かか?』  ジョーがコントロールポッドに訊いた。すでにロレス帝国の兵器はクリラスが探査している。探査手段など防衛方法までは探査していないはずだ。 「情報はサーシャの記憶からです。  サーシャは、ロレス帝国軍を偵察した同盟軍の偵察情報から、惑星シュメナの警備態勢を知りました。  クラリスがサーシャとジョーとキティーの意識記憶を探査管理したはずです。  三人は互いの意識と記憶を共有していますよ」  若い中性的なポッドのアバターが現れた。ジョーの意識が低下しているのに気づき、驚いている。 『私の記憶は確かです』  サーシャも憤慨ぎみだ。 『信頼するよ。4D映像表示して!』  ジョーに代ってキティーが指示した。 『まもなく、探査艦が真上を通過します。  身動きしないでください。声を出さないように・・・』  ポッドは偵察艦の高機能音響探査を気にして、精神思考で伝えた。  ポッド内に探査艦の4D映像が現れた。  大気圏内を移動する探査用の巡航戦艦だけあって、イージス機能は装備しているが、高速運動量弾のレールガンは装備していない。 『私のステルス性能は、電磁波探査だけでなく、可視光識別探査にも有効です・・・』  ポッドのメテオライト偽装パーツ迷彩が、探査艦の可視光識別探査からポッドを、保護している。  4D映像で、位相反転シールドを示す青白い光彩領域に包まれたポッドの十キロメートル上空を、探査艦が西から東へ移動した。5D座標では座標原点上空を、黄色輝点と探査波ビームのエネルギー移動を示す薄緑輝帯と可視光帯が通過していった。 『探査艦が離れました。  ドック・アインから北西へ十二キロの礫砂漠へ移動します・・・』  ポッドが伝えると同時に、コントロールポッドは目的地へ移動した。  ドック・アインで、近日中に就航するロレス帝国軍の巨大戦艦は、初代皇帝オイラー・ホイヘンスの名にちなんで戦艦〈ホイヘンス〉だ。ドックでPDドライブとスキップドライブに起動エネルギーを充填して、兵器と弾薬を搭載し、そのまま、この惑星シュメナの静止軌道へ亜空間スキップする予定だ。ドック自体が亜空間転移ターミナルだ。 〈ホイヘンス〉の艦体は全長四キロメートルにも及ぶ、巨大な蝙蝠が翼を拡げたような立体アステロイド型だ。上部ブリッジは艦体上部中央にあって突出している。 『次の目的地はメインドックの戦艦〈ホイヘンス〉上部ブリッジ外殻です』  ポッドの精神思考と共に、コントロールポッドはステルス状態で飛行し、戦艦〈ホイヘンス〉の上部ブリッジ外殻に張りつくように着艦した。 『これからの会話は全て精神思考で伝えてください』 『了解、ポッド』  ジョーの精神思考が安定してきた。特異点の変動が小さくなってヒッグス場が安定してきている。 『サーシャ。捕虜の中心人物に、〈ホイヘンス〉の就航準備を遅らせるように伝えろ。  その後、就航予定日にまにあうように、捕虜全員を〈ホイヘンス〉に乗艦させて就航準備をさせるんだ。  準備できしだい乗っ取る』 『わかりました・・・』  サーシャはレプテルの伝達能力レプティカで、捕虜になっているイグアノンの准将トットオ・チャン・イグノンを探った。  トットオ・チャン・イグノン准将の意識は〈ホイヘンス〉の下部格納庫にあった。  《チャン准将。わかりますか?私はサーシャ・デア・イグアノンです。  イグアノン族のグラス・デル・イグアノン議員の妹です》  サーシャはレプテルの伝達能力レプティカで思考を伝えた。 《・・・》  チャン准将から応答がない。 『連絡はとれないか・・・』  特異点の変動が小さくなってヒッグス場が安定してきているのに妙だ、とジョーは思った。 《トットオだ・・・。サーシャか?》  サーシャが、チャン准将のレプティカを捉えた。 《サーシャです。イグアノン族のグラス・デル・イグアノン議員の妹サーシャです。  救出に来ました》 《驚いたな・・・》 《みんな、元気ですか?》 《元気です。皆、ここにいます・・・》  妙だ。チャン准将の意識に乱れがある・・・。サーシャはそう感じた。 《チャン准将。〈ホイヘンス〉の就航準備を遅らせ、就航予定日直前に、捕虜全員で就航準備するのは可能ですか?》 《〈ホイヘンス〉の就航は五日後(グリーゼ歴、二八一五年、十二月十四日)、一二〇〇時です。  現在捕虜全員が整備と準備に投入されています。  寝食はここ〈ホイヘンス〉の内部です》 《では、就航前日(グリーゼ歴、二八一五年、十二月十三日)、二三〇〇時に、捕虜全員が戦艦〈ホイヘンス〉に搭乗しててください。〈ホイヘンス〉を乗っ取ります》 《常にブリッジにディノスが詰めています。〈ホイヘンス〉のコントロールは不可能です》 《心配はありません。対策は講じてあります。  決行は四日後(十二月十三日)、二三〇〇時です。  次回の連絡は二日後(十二月十一日)の二三〇〇時です。捕虜たちを統率してください》 《わかりました。サーシャ》 《お願いします》  サーシャはレプティカを停止してジョーに伝えた。 『妙です。チャン准将の意識がイグアノンから他へ偏向しています』 『どこへ偏ってる?』とジョー。 『ヒューマです・・・』 『あの監視員か?』  キティーは、ドック・アインの高架の上にいるヒューマの男と、その上の司令室のような部屋にいるヒューマの女を思った。  男はオリーブ色で金髪碧眼の長身。女は白くて金髪碧眼の中背、髪は短い。男はジョーの先祖であり、女はキティーの先祖だ。 『ドックのヒューマはあの二人だけです』  サーシャは、ジョーとキティーを見つめた。  二人の先祖はジョージ・ケプラー博士の子孫と、天文学者で天文エンジニアのモリス・ミラー博士の妻アマンダ・ミラーの子孫だ。
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