七 ポッドJ

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七 ポッドJ

 グリーゼ歴、二八一五年、十二月十日、一二〇〇時過ぎ。  オリオン渦状腕最外縁部、アルギス星団ロレンツ星系、  惑星シュメナ南半球、ロレス帝国軍シュメナ軍事基地、ドック・アイン。  ジョーたちが搭乗しているコントロールポッド内部は、〈ドレッドJ〉の司令官の居室に似た構造だ。  現地時間、(グリーゼ歴、十二月十日)、一二〇〇時過ぎ。 『ポッド。4D映像探査してくれ。状況確認する。 〈ホイヘンス〉のエネルギー充填に変更は無いな?』  ジョーは状況を確認した。 『エネルギー充填に変更はありません。  予定刻限は、グリーゼ歴、二八一五年、十二月十三日、一二〇〇時、就航前日です。  エネルギーはPDドライブと亜空間スキップドライブの起動エネルギーです。  エネルギー充填は私にもできます。  今すぐ〈ホイヘンス〉を奪えます』とポッド。 『イグアノンとラプトの捕虜の救出が目的だ。  捕虜が〈ホイヘンス〉に乗艦してなければ意味ないぞ。  いくらAIでも言い方があるだろうに・・』  サーシャの意を汲み、キティーが憤慨している。 『すみません。宇宙戦艦に興味があるものですから・・・』 『お前、ほんとうにクラリスの分身か?  宇宙戦艦玩具好きの、ガキと同じだろう?』とキティー。 『生まれて間もないから、学習中です・・・』  ポッドがムッとしたような意志を放ってきた。  戦艦〈ホイヘンス〉の艦体は、全長四キロメートルにも及ぶ、巨大な蝙蝠が翼を拡げたような立体アステロイド型だ。上部ブリッジは艦体上部中央にあり、大気圏内専用のステルス戦闘機のコクピットのように突出してる。  ポッドは、この上部ブリッジ外殻に張りつくように着艦している。クラリスの分身であるポッドは、今も〈ホイヘンス〉をコントロールしたい衝動的な欲求に駆られている。  ジョーは、AIであるポッドの考えを理解していた。クラリスの分身たちは、有機体だけでなく、あらゆる物質が持つ生命、つまり精神と意識を感知してる。とりわけ、自分たちと同種の物質に対して友好的に興味を示すのは、ヒューマと同じだ・・・。 『ポッド。慌てるな。〈ホイヘンス〉のコントロールはお前がするんだ。  目的はイグアノンとラプトの捕虜救出だ。戦艦〈ホイヘンス〉の奪取じゃないよ』  ジョーは感情を抑えて穏やかに伝えた。クラリスの分身のAIと言えど、ポッドとして生まれたばかりで、ポッドなりの学習が進んでいないのをジョーは実感した。  まあ、結果は〈ホイヘンス〉を奪取するのだが、今はその事には触れずにおこう・・・。 『はあい、わかってるよ・・・』  当初より、ポッドの対応が砕けてきている。 『では、4D映像探査してくれ・・・』  コントロールポッドの空間に〈ホイヘンス〉のブリッジの4D映像が現れた。ディノスが搭乗した四機のコントロールポッドがブリッジの球体を囲んでいる。 『あの球体が〈ホイヘンス〉のメインコントロールユニットのAIモーザだ。  基本的に、私たちと機能は同じだけど、ヒッグス場による独立型ではないです、ないよ』  ポッドの伝達口調が変化してきた・・・。 『了解した。まず、捕虜の確認だ』とジョー。 『イグアノンとラプトの捕虜の三分の一が〈ホイヘンス〉の最下層の格納庫で休息。  三分の二は各持ち場で食事中だよ・・・』とポッド。 『捕虜を監視してるディノスは何名だ?』 『ブリッジのコントロールポッド四機と、各攻撃ユニットの主要なコントロールポッド八機、スキップドライブとPDドライブのコントロールポッド四機に搭乗してる、計十六名』 『妙だ?監視してるディノスが少ない。  ディノスは今まで、〈ホイヘンス〉級の戦艦を建造しなかったのか?』とジョー。  建造中の戦艦内に居るディノスがこの程度の人数なら、イグアノンとラプトの捕虜全員が戦艦建造に駆りだされた際に、戦艦を奪って脱出できたはずだ。今まで〈ホイヘンス〉級の戦艦を建造しなかったのだろうか・・・。 『過去にも〈ホイヘンス〉級の攻撃用球体型宇宙戦艦を建造してるよ・・・』とポッド。 『捕虜全員が戦艦内で寝食して建造に従事してたなら、これまで逃亡の機会はあったはずだ・・・』  なぜ捕虜全員が逃亡しなかったか、ジョーは疑問だった。 『いつもブリッジにディノスが詰めてるから、戦艦のコントロールポッドを奪うのは不可能だとチャン准将は考えてるよ・・・。  あきらめてたみたいだよ』とポッド。 『なんてこと!准将はトットオ・チャン・イグノンよ!  イグアノン族の勇たるイグノンの称号が泣くわ!  救出したら、称号を剥奪してやる!』  今まで穏やかだったサーシャが憤慨してる。何かが妙だ。 『ポッド、何が起こってる?』とジョー。 『特異点が変動し始めてるよ。  ヒッグス場が安定しないんだよ。  精神思考に影響が出てきたよ』 『4D映像探査を続行できるか?』 『可能だよ。私の口調も安定を欠いてるみたいだ・・・』とポッド。 『それは違う。我々とどう対応しようか、個性を模索中なんだろう?  仲間として接すれば、問題は解決するよ』 『わかったよ・・・』  ポッドの伝達口調が子供のようになった。 『では、作戦を開始する。  4D映像を出してくれ』とジョー。 『了解で~す』  コントロールポッド内に〈ホイヘンス〉のブリッジが現れた。 『ポッド。〈ホイヘンス〉のAIモーザにアクセスしろ』とジョー。 〈ホイヘンス〉のメインコントロールユニットは、ブリッジの球体のAIモーザだ。 『アクセス完了』 『〈ホイヘンス〉の全てのコントロールポッドを隔離して、〈ホイヘンス〉外部へ転送スキップさせてくれ。  ポッドの機能で時空間スキップが可能だろう?』  ポッドは〈ドレッドJ〉のAIクラリスのサブユニットだ。クラリスの機能その物を持っている。 『了解で~す』  ただちに〈ホイヘンス〉の全コントロールポッドが青白いシールドに包まれて、ドック・アインから数キロメートル離れた礫砂漠の空間へ転送スキップ(時空間スキップ)した。コントロールポッドは緊急脱出ポッドも兼ねている。飛行も可能だ。コントロールポッドは静かに礫砂漠に着陸した。 『特異点の変動で、イグアノンとラプトの捕虜の精神と意識に変化はないか?』  そう伝えながら、キティーが、チャン准将に憤慨したままのサーシャを気にしている。 『だいじょうぶだよ。イグアノンとラプトの捕虜に変化は無いよ。  こいつらなんか、なあんにも変化しないよ。どうしてだろう?』  ポッドが、ドック・アインの高架の上の監視司令室に居るヒューマを4D映像化した。  ジェームズ・ケプラー少佐とアメリア・ミラー少佐だ。ケプラー少佐はオリーブ色で金髪碧眼の長身。ミラー少佐は白くて金髪碧眼の中背、髪は短い。 『ポッド。監視司令室の二人の精神と意識と思考記憶を探査分析しておけ。  作戦続行だ。イグアノンとラプトの捕虜全員が搭乗しているか確認しろ』とジョー。 〈ホイヘンス〉の各ユニット作業セクションの捕虜と、休息中の捕虜が4D映像化された。  一二〇〇時現在、作業に従事している捕虜は食事中だ。  捕虜の三部の一は格納庫で休息している。 『全員搭乗してるよ』 とポッド。 『ポッド。〈ホイヘンス〉を、惑星アギレスの惑星ラグランジュポイントへスキップしろ』  ジョーがポッドに指示した。 『了解!』  ポッドが戦艦〈ホイヘンス〉のメインコントロールユニットのAIモーザに、 『時空間スキップ態勢をとれ』  と精神波で指示した。 『ゲート閉鎖完了。  ハッチ閉鎖完了。  隔壁閉鎖完了。  多重位相反転シールド完了』  戦艦〈ホイヘンス〉の艦体外殻隔壁が閉鎖され、艦体が多重位相反転シールドに包まれた。スキップと戦闘態勢である。 『モーザ。〈ホイヘンス〉を惑星アギレスの惑星ラグランジュポイントへスキップしろ』  ポッドが指示した。 『スキップします』とAIモーザ。  瞬時に、〈ホイヘンス〉は惑星アギレスの惑星ラグランジュポイントへ時空間スキップした。アルギス星団のアルギス星系にある、惑星アギレスと惑星ロギレスはイグアノンとラプトの惑星だ。 『ドック・アインが〈ホイヘンス〉を攻撃しません!なぜです?』とサーシャ。 『ロレス帝国はドック・アインが攻撃されるなんて思ってないよ。  捕虜が〈ホイヘンス〉を奪うなんて、ぜーんぜん、思いつかないんだよ』とポッド。 『ブリッジに居たディノスの意識思考記憶探査したのか』とジョー。 『そうだよ。4D映像探査だから、気づかれないよ』 『そんな間抜けなディノスを相手に戦っていたのですか・・・』  サーシャは苛立ちを覚えた。間抜けなディノスを相手に、チャン准将はなぜ捕虜になった?なぜ、脱出しなかった?こんな腰抜け准将がイグノンの称号を持ってるなんて許せないぞ・・・。  キティーがサーシャの気持ちを汲んで言う。 『サーシャ。いきり立つんじゃないよ。  捕虜を救出したら、准将をイグアノンとラプトの同盟議会にかけるんだ。  いいね』 『准将の記憶も探査したよ。  准将は一艦隊を率いてバーミン星系へ出撃したけど、艦隊は壊滅したんだよ。  特異点の影響は受けにくいのに、何かの影響で戦意を無くしたんだ・・・。  ああっ、ゴースト艦隊が、准将たちを操作してたよ・・・』 『どう言う事です?』とサーシャ。 『ゴースト艦隊は、准将たちを使って、ドック・アインを内部から攻撃させるため、准将が率いた艦体から戦意を奪ったんだ。そしてロレス帝国の捕虜にさせたんだ・・・』  ポッドがゴースト艦隊の戦略に憤慨して説明した。  アルギス星団にアルギス星系とバーミン星系とロレンツ星系がある。これらはイグアノンとラプトの星系で、主に、イグアノンはアルギス星系の惑星アギレスに、ラプトはアルギス星系の惑星ロギレスに居住していた。  かつてディノスがテレス星団に亜空間スキップしたように、ここアルギス星団のロレンツ星系にも、ディノスが他の時空間から亜空間スキップした。ジョーたちテレス星団の年代に換算して十世紀以上前の事である。アルギス星団とテレス星団のディノス出現の時間的差異は、平行宇宙の特異現象である。  ディノスは、アルギス星団のロレンツ星系惑星ロレンツに、ロレス帝国を築いて居住し、ロレス帝国の利益のみ欲して惑星シュメナ、イショカンを支配し、バーミン星系を侵略した。  イグアノンとラプトはかつての支配権を取り戻そうと、外来種ディノスの排除のため同盟を結び、ロレス帝国に抗戦した。  しかし、ディノスのロレス帝国軍の戦力と、イグアノンとラプト同盟軍の戦力は質的に互角だが、量的に帝国軍が同盟軍を圧倒した。  テレス星団のかつてのテレス連邦共和国は、アルギス星団からロレス帝国軍が侵略するのを阻止するため、ゴースト艦隊を派遣した。ゴースト艦隊はアルギス星団に現れる特異点現象が生命に与える特殊現象に着目し、このバーミン星系へ侵略した。  だが、テレス星団のテレス星系惑星テスロンに、ディノスが亜空間スキップしてテレス帝国を樹立し、支配の手をテレス星団へ拡げるにつれ、ゴースト艦隊は、ロレス帝国軍侵略阻止からバーミン星系攻略へと戦略を変えた。その戦略は、ロレス帝国軍とイグアノンとラプトの同盟軍を戦わせて戦力を減少させ、ゴースト艦隊は、只、傍観する作戦だった。 『ヤツラ、許せないよ!』  突如、今まで現れていた若い中性的なポッドのアバターが、かわいいヒューマの少女に変身した。執事のようなベストスタイルだ。髪は短めの栗色の巻き毛でとてもかわいい。 『ポッド、女の子だったんか?』とキティー。 『こっちの方が楽そうだから女の子にしたよ!  マザーの記憶から、オリオン国家連邦共和国代表の戦艦〈オリオン〉提督・総統Jのイメージをもらったんだよ!』  Jはニオブの精神共棲体ニューロイドのジェニファー・ダンテで、オリオン国家連邦共和国代表の戦艦〈オリオン〉提督・総統Jだ。 『もう、総統Jになったんか!なんてこった』  キティーが呆れてる。 『よーし、わかった。  ポッドJ、シミュレートの続行だ!』  ポッドの意を汲み、ジョーは『ポッドJ』と呼んだ。  Jだけでもいいかも知れない・・・。 『了解しました!ジョー司令官』  ポッドがおどけている。 その後、十二月十一日、二三〇〇時の連絡で、救出作戦に向けて積極的に準備している捕虜たちの状況が准将から伝えられた。  捕虜たちはレプティカで連絡しているため、情報漏れはなかった。
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