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思わずオーナーも目を瞑り、顔を伏せる。その瞬間を男は逃さなかった。持っていたグラスを上に掲げると、伏せた顔の後頭部めがけて、真っ直ぐ降ろす。
その瞬間――正確には、オーナーの顔に水が掛けられた時、僕たちは無意識のうちに身体が動いていた。グラスを持っている右手首を掴むと、逆方向に捻り、関節を極める。そのまま背後に回り込み、体重をかければ、男は意図も容易く崩れ落ち、床に膝をついた。
オーナーの方へ視線をやると、彼女がオーナーを抱きかかえ、男から距離を取っていた。
男は初めこそ離せ離せと暴れていたが、関節を決めている以上、暴れるほど痛みは増していく一方で、後に静かになった。
「すいません、これ以上騒がれると迷惑なんです」
僕は優しく男の耳元で囁く。
「……わかったよ。離せよ。すぐ出ていくよ」
「出ていくだけじゃ駄目です。ちゃんとオーナーに謝ってから出ていってください」
男は小声でぼそぼそと呟くと、僕の手を振りほどき、去っていった。
「あの……すみませんでした」
後ろで震えていた女性は何度も頭を下げた。
「構いませんよ。お怪我はありませんでしたか? まだ近くにいるかもしれないので、もうしばらくここで待機しているといいでしょう」
オーナーはいつもの優しい口調へと戻り、女性のために新しいコーヒーを淹れようと奥へと入っていった。
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