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女性はオーナーが奥へ消えたのを確認すると脱兎のごとく、店から飛び出してしまった。僕はため息をつくと、オーナーを呼んだ。
「どっか行っちゃいましたよ」
オーナーは湯気のたったポットを片手に奥から戻ってきた。
「そうですか……。行ってしまいましたか」
オーナーは悲しそうな視線を扉に向ける。その視線の先に女性はもう、いない。
「あの人、さっきの男に出くわさなければいいのだけど」
彼女は本気で心配しているのか、思わず出た本音を口から漏らす。そのあまりにも的外れな感想に僕は思わず吹き出してしまった。
「え、何がおかしいんですか?」
「ああ、ごめんなさい。あまりにも幸せな感想だったので、つい」
これが僕と彼女の交わした初めての会話である。
「どういうこと? さっき男が出ていったばかりなのだから、危険であることには変わりないでしょう。ここに迷惑がかかると思って飛び出したんでしょうけど」
「そこから論点が違うんですよ」
「まあいいじゃないですか。鈴原さんもね。それが普通の考え方です」
鈴原と呼ばれた彼女はそれでも食い下がるので、仕方なく僕は説明をする。
「あの女性もおそらく男とグルだって話です」
「グル?」
初めて聴く単語を繰り返す外国人のように、片言で呟く。
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