第一章 突然の緊急事態

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だが「彼女」には、今「男」の顔が眼前に来ている事に気付いていない。 当然だ、瞼が閉じているのだから、今自分がどんな状況になっているのかも分からない、だが「彼女」の耳には、僅かに聞こえる「男」の吐息が入り込む。 「男」はその体制のまま「彼女」を包み込み、頭を撫でて混乱を落ち着かせようとしている、だが不思議な事に、「彼女」にはその優しい態度や行為が、「偽物」ではない事が何となくだが分かった。 まるで親鳥が卵を温める様に、「男」は自分の体を「彼女」に優しく当てながら、「彼女」の体の震えが落ち着くまで側に居たのだ、異常な状況に立たされている影響もあって、「彼女」には「男」の行為にすんなり溶け込んでしまう。 「彼女」は「男」の大きな手を握り締め、涙で濡れた顔に押し当てる、「男」は指先で「彼女」の顔に付いている涙を拭ってあげる、その行為に心が若干緩んだ「彼女」が見た「男」の顔。 それは見覚えのある顔なのに、出会った時のイメージとはかけ離れた、狂喜に満ちた顔だった、「彼女」の涙が付着した自らの手を、恍惚と狂気に満ちた笑顔で舐め回している「男」。 「男」は薬指をしゃぶりながら、「彼女」の名前を呼び、言った。 「『キセキ』、君は今日から私の家族だよ。」
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