開花

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僕の(のろ)い足が漸く亮司さんの前で止まった。亮司さんの顔は桜色に染まっている。桃色よりも赤に近い。あんな色の花を咲かせる桜もあるのは知っているけれど、僕はその名前をちっとも思い出せなかった。 「大樹くん…」 亮司さんが差し出した薔薇の花束を、受け取ろうと腕を持ち上げた、その時。 背後で、バタンと車のドアが閉まる音がした。 「大樹様ッ!」 突如響いた懐かしい声。 毎日聞いた大好きな人の声の、初めて聞く大声。僕は反射的に振り返った。 たった一年。 そのたった一年で、随分と大人びた涼ちゃんがそこにいる。 涼ちゃんは一直線に僕たちの方へ走ってくると僕の隣で立ち止まり、亮司さんに向かってガバリと大きく頭を下げた。 「田井中様、申し訳ありません…約束、果たして頂けますでしょうか…!」 顔を上げた涼ちゃんは、別れのあの日と同じ熱のこもった視線を僕に向け、強い意志を秘めた瞳で亮司さんに向かった。 約束? 亮司さんは困ったように肩を(すく)めて、僕に差し出した薔薇の花束を下ろした。 「悔しいな、あと少しだったのに。」 一人だけ状況を理解できていない僕に、亮司さんは苦笑する。下ろした花束を肩に抱えると、ポンと僕の肩を叩いた。 「お幸せにね。」 たった一言、そう告げて亮司さんは去っていった。
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