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「ところでよ、その女の名前はなんっちゅうや?」
「加納瑠梨というのよ」
「歳はいくつや?」
「四十四、五、ぐらいかな」
「どこから来たんや?」
「東京の六本木だって」
「そこで何やっていたんや」
「大手不動産ファンドの投資顧問だそうよ。今もそうらしいわ」
「カネ持っていそうだな。じゃ、あんた、家に入れや。そのあと、ワイが玄関ドアを叩くから、すぐに出て来いや。芝居や、芝居をするんや・・・・」
彼女は、気付かれないようこっそりと家の中に入った。見慣れているはずの実家が、どこか歓楽リゾート地にある逸楽の後の気怠さが漂うヴィラのように感じられた。世間の家とは違うズレた感覚に、彼女はあらためて途惑った。途惑いはそれだけではなかった。寝室に居るはずの父親と加納瑠梨がリビングルームで談笑にはずんでいた。さっきの寝室の中の光景が嘘のように思い出された。テレビの音が異常に大き過ぎる。どうやら父は酒に酔っているらしかった。父の怪我の程度は浅いのだと思い、彼女は安堵した。
すると、玄関ドアを叩く音がした。彼女はわざっとらしく足音を立てて玄関に向かって走った。
「どなた様ですか?」
彼女は激しく波打つ心臓の鼓動に震えながらドアを開けた。
「夜分失礼します。加納瑠梨という者がお邪魔しているそうですが、ご迷惑をかけて申し訳ございません。私めは加納瑠梨のご主人様の使えの者です。奥様を迎えに参りました。ご主人様はあちらでお待ちですので・・・・」
平沼は令子にウィンクしながら、家の奥まで聞こえるように殊更大声で言った。そして、彼女の耳元でささやいた。
「いいか、これは芝居や。あの女を呼ぶんや」
緊張はしていたが、機転を利かし彼女は大声で返答した。
「そうですか、少々お待ちください」
そして、ドンドンと足音を立てて二人の居るリビングルームに向かった。
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