不都合な女

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 その日の夜、ディナーの席で、令子と加納瑠梨はまじまじとお互いを見つめた。眼差しの鋭さという点では令子が勝っていた。キラキラ輝く宝飾塗れの出で立ちの、この中年女に、なんの陰りもないなんて令子には信じられなかった。失恋のひとつもないとでも言いたげな、弾けるばかりのグラマーな身体、聡明な口元、瞳の明るさ、それらを(ちりば)め整えた美貌、今の今まで独身を貫いてきたなんて、令子には到底、・・・信じられるものではなかった。令子の、その鋭い眼差しに、加納瑠梨は気まずくなり、うつむき加減に遠慮がちに言葉を洩らした。 「令子さん、この料理、お気に召しまして?」 「ええ、とても美味しいわ。こんなにお料理がお上手なんて、お父さんも幸せね。羨ましいわ」 「羨ましいか。そうやな。幸せやな。はっはっはっは・・・・」 「令子さん、明日東京に戻られるのね。とっても残念だわ。ご一緒に淡路島にでもドライブに行きたかったわ。恋人の聖地という高台から眺める海の夜景はとても素敵ですよ。今度帰られたら、行きましょうよ」 「ええ、いつ帰れるかわかりませんけど、そのときは是非お願いします」 「楽しみにしているわ。令子さん、お仕事は順調ですか。大企業の総合職って、さぞ大変なのでしょうね」 「今年四月に入社したばかりで、今は慣れるのに精一杯です。・・・・ご馳走さま・・・・」 令子はさっさっと席を外した。  「この料理、お気に召しまして?」、自慢するじゃないわよ。どうして、あんな女がここに居るのよ。あの椅子は母が座っていた椅子よ。母を追い出したくせに。図々しい。あの自信はどこから来るのよ。父は騙されている。わたしにはわかる。この女の正体を暴いてやりたい。恋人の聖地ですって? 恋人のいないわたしへの当てつけなのか。今に見ていなさい。追い出してやるから・・・・』  令子は、もやもやした怒りが義憤に変わりつつあるのを自覚した。父親の加納瑠梨への思いの丈については考える余裕もなく。
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