湖のキリギリス

6/6
前へ
/19ページ
次へ
『枯れ葉の中に身を隠し、そのまま息絶えていたと…アジサイ近くのアリたちが言っていました』  女性キリギリスは目を潤ませた。 「あの方、最期まで…キリギリスであることを…貫いたの…ですね」  彼女は声を押し殺して静かに涙を流した。こういう時にどう言葉をかければいいのだろう。考えたが、僕はただ見守ることしかできなかった。  しばらく泣くと、女性キリギリスは涙を拭いてこちらを見た。 「教えていただき…ありがとうございます」  胸中で僕は大いに迷った。  彼女なら湖のキリギリスがどうして独りで冬を越そうとしたのか、事情を知っている可能性は高い。しかし、プライベートなことに首を突っ込んでもいいのだろうか。  僕個人としては湖のキリギリスと親しかったわけではない。ただ、あの音色はとても素晴らしかった。僕にとってもあれは憧れだったんだ。  そう思った時、ある考えが脳裏に浮かんだ。 ――あれほどの音色を持つキリギリスとは、もう二度と会えない  僕は意を決した。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加