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商売キリギリスと純キリギリス
『もしご存じなら教えて下さい。どうして彼は、アリと一緒に暮らすことをしなかったのでしょう?』
女性キリギリスは、どこか遠くを眺めるように土壁に目を向けた。
「彼も、そのことで悩んでいるようでした…」
彼女は何かを思い出している。それが何なのかは僕にはわからない。
沈黙がしばらく続き、やがてその瞳は僕を映した。
「我々キリギリスは、アリの助けなく冬を越すことはできません。しかし、彼らを喜ばせる演奏を続ければ、本来のキリギリスの演奏と大きくかけ離れていく。彼は日ごろからそう口にしていました」
『彼は完璧主義者でしたからね』
「私は何度も聞きました。アリもキリギリスも楽しめる演奏では駄目なのかと…。
しかし彼は、何も答えませんでした。どうして、ひと夏で終わるような生き方をしたのでしょう?」
僕は遠くを眺めたい気分になった。
キリギリスとアリの関係は、大昔に飢えたキリギリスが、アリに食料を分けてもらい、お礼に彼らの好む音楽を提供することで始まった。
カエル岩のキリギリスのように、その生き方を誇りにしている者もいるし、湖のキリギリスのように、キリギリス本来の生き方を望む者もいる。
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