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鞘の部分にショウマと刻まれた文字。それはアマネが剣術を始めた時、父のショウマから譲り受けたものだった。
……。
わかってる、平常心だよね……。
肩からたすき掛けされたベルトに、鞘に収まるブロードソードが掛けられる。
お母さんには、まだ認めてもらってないよ……。けど、これだけは譲れないんだ。
鏡から緊張した自分の表情を見て取ると、アマネは両手で頬をパチンッと叩いて息をついた。
待っててね……お父さん……。
アマネは自らを鼓舞する様に表情を引き締め、その部屋を後にした。
悪魔――。それは、人類のいかなる知恵をもってしても計り知れぬ、極めて異質な存在であり、触れてはならぬ厄神として人々から忌避されてきた。
その存在が確認されてから百余年……。
人々がその因果により荒廃してゆく現世において、ありふれた学問を修めるより、経験を通して世界を知ることにこそ、真の学びと意味がある――。
そのようなショウマの教育方針で、アマネは学校へ行かずに父の指南を受けてきた。
彼による心の本質を捉えて核心をついた教えは、誰をも唸らせる説得力があり、アマネをはじめ多くの人々から信頼と尊敬を集めていた。
また、剣術においても最初から守備にまわり、相手の初太刀を全力で弾いて一本とる芸当に専門家も舌を巻き、ショウマ流カウンター剣術としてその名を国に響かせる程の剣豪でもある。
そのショウマをめぐり、彼が二年前に行方不明になったことで、アマネとアマネの母であるヨシノの間で口論が起こった。
今から、一年程前の事……。
兼ねてからの希望で、ショウマが所属する新世界労働組合に入り、そこで得られるワールドパスを利用して、世界中へ父の行方を追う意向のアマネに対し――。
それがいかに危険であるか。父親捜しは、何でも屋の組合にまかせるべきだと説くヨシノ。
それでも何もしないのは見捨てるに等しいと、窮地に立たされているであろう父を助ける事が、自分に唯一出来る事だと食い下がるアマネ。
双方の意見の隔たりは平行線を辿った――。
『お父さん、きっと困ってるんだ。組合の人達は忙しいって聞くし……私が行くしかないよ』
『なら、組合に入ったら忙しくて、お父さんを探す暇は無いんじゃない?』
『……』
ある時は――。
『私、強くなったんだよ、この手で悪魔や悪い人達から困ってる人を守りたいんだ、だから……』
『剣のお稽古で一度でもお父さんに勝ったことがあるの? そのお父さんでも手を焼いている仕事なのよ』
『……』
母を説き伏せる事叶わず、日々フラストレーションを溜めていくアマネ――。
『学校へ行ってない分、世界でいろんな事も学びたいし、友達も欲しいよ……』
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