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「お父さんの事で以前、あなたに酷なことを言ったわね……そのことなんだけど……」
「あの時は、私……」
「いいのよ……あの時は、私が不用意だったわ……そろそろ、きちんと話し合っておくべきね」
「……」
写真の中でアマネとヨシノに寄り添いながら、ショウマがゆったりと微笑んでいる。
「アマネ……私があの人の事、覚悟してるのは本当の事よ。けど、勘違いしないでほしいのは、それがあの人の意思を尊重した上での決意だって事なの」
「お父さんの……意思……」
ティーカップの柄模様を指でなぞりながら、遠い目をするヨシノ。
「あれは、まだ故郷で同棲してた頃よ……あの人の帰りを待ってたんだけど、その日に限って何故か胸騒ぎがしてね……雨の降る夜だったわ……不安に駆られて、私は外へ様子を見に出たの……」
『あなた!』
街灯の僅かな明かりで朧げに照らされた体は、雨に混じって夥しい鮮血を滲ませていた。
家路に背く道を血で染めながら、虚ろな目で歩くショウマ。その只事ではない様子にヨシノは傘を落とし、小走りにその場へ駆け寄った。
『何があったの……?』
『……』
ヨシノがショウマの抱く血を帯びた布包みから、小さな足がぐったりと垂れている事に気づく。
『その子は……』
『ようやく眠ったところだ……』
『……とにかく、家の中へ――』
陰鬱なショウマの様子に、一瞬、ヨシノからそれ以上の言葉は憚られた。
『……この子を然るべき場所へ返したら、私は国を出るつもりだ。不幸中の幸い、お前との関係は誰にも知られていない……そばにいてやれないのは気がかりだが、私といるよりはいいだろう。近いうち、お前は実家へ帰りなさい』
『何を言ってるの、あなた……』
不安そうなヨシノの横を黙って通り過ぎるショウマ。
「あの人が落ち着いてるのはいつもの事だけど、歯切れが悪いのは珍しいでしょ……嫌な予感がしたわ……」
『組合に派閥がある事をもう少し懸念しておくべきだった……因果関係が、あれにまで及ぶなら闇が深すぎる……』
独り言のように呟くショウマへ、ヨシノがその後ろから駆け寄る。
『新世界とやらに犠牲が必要と言うなら、私一人で十分だ……ヨシノ、お前は――』
不意を突かれ、ショウマの眼が見開かれた。
その背中に、体を添えるヨシノ。
……
二人はしばらく沈黙を守った。
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