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ポトッ……。
台所の蛇口から、流し台に落ちる水滴。
リビングは日差しが行きわたる間取りから、朝の陽気に満ちている――。
アマネは洗い場を後に落ち着きを取り戻し、ヨシノと団欒のひと時に浸った。
「――それで……私がお父さんの件で動いてた事、どうしてわかったの?」
「親はね、子供の事だったら何でもわかるものなのよ」
「お母さん……」
「ふふふ、冗談よ。あなたがそれを背負って毎日のように外出するから、組合に偵察を依頼したの。まぁ、あなたが買い出し以外の目的で、外に出る理由は大方想像ついてたけどね」
さすが、お母さん……抜け目ないな……。
「そろそろ時間じゃない?」
見ると時計は七時をまわっている。
「あ、ほんとだ……」
アマネは隣に置いたブロードソードを背負うと立ち上がった。
「アマネ、無理はしないこと。何かあったら連絡ね?」
「うん、わかってる」
お母さんが心配してくれてる事は充分伝わってるよ……大丈夫、私だって何もしてこなかった訳じゃないんだ。
「じゃあ、お母さん行ってくるよ」
「ええ、行ってらっしゃい」
意気揚々と玄関を後にするアマネをヨシノはどこか遠い目で見送った。
「行くよー、トックルー」
「カァッ!」
自然豊かなこのソルトバラン地方には、全体が鼠色で黄色い大きなクチバシが特徴のモグラドリが多く生息している。
モグラドリは走鳥類の一種で、野ネズミなどを捕食するため穴を掘ることからそう名付けられた。
人懐っこく扱いやすいことから速やかな交通手段として、ここファビオール共和国をはじめデュラン大陸全土に広まり、今となってはそれらに乗る人々の姿は珍しくない。
――晴天の空の下、アマネは家のすぐそばに建てられた木造小屋に入ると、木の杭に繋がったリードをモグラドリの足から外し、手綱を握りながらその体にまたがった。
「また長いけど、よろしくね」
人里離れた森林地帯にあるアマネの家から組合のある街まで、モグラドリのトックルに乗っても三時間以上はかかる。
アマネは、その街へと勢いよくトックルを走らせた。
道半ば、なめらかな平地から足場の悪い傾斜まで、その軽快な足取りでさくさくと越えていく。
思えば、この子とも長くなるなぁ……。
お父さんが連れてきて始めて会った日、すぐ懐いてくれたけど何度乗ってもバランス崩して落ちたっけ。六歳の頃だったから、あれからもう十年か……。
渓流を一気に飛び越え、凹凸の激しい獣道に入る。茂みに倒れているもふもふした長い耳の犬を横目に、木々の間をすり抜けて行く。
あの時はまだお互い小さかったね、それに……。
……
「クァッ!?」
手綱を引き、トックルを止めるアマネ。
「なんかいた……」
アマネは来た道を振り返ると、何かがいた茂みにまで戻った。
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