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この蹴破り戸越しに「本体」がいるのか、それともこの左手は「独立した」存在なのか、まずそこからわからなかったしね。
左手は〝左手だけ〟なのかも。
だからもしかしたら、左手は返事がしたくてもできないのかもしれない。
そう思い至って、私は急いで部屋からペンとメモを持ってきたんだ。
「あの、もしよければここに書いてください」
そう言って、筆記用具を蹴破り戸下の隙間に滑らせるように差し出した。
左手はちょっと躊躇った様子だったけど、ペンを握って字を書きだしたよ。
それがね、すごい達筆でびっくりしたの! あ、今日そのメモ持ってくればよかったね。そしたらこの話が作り話じゃないって証拠にもなったのに。
だって私が真似しようとしてもとても無理って感じの繊細な、柔らかい、いかにも知的そうな女性らしい文字だったんだから。
ちょっと? 変な顔しないでよ。文字が綺麗ってそれだけでも素敵でしょ。謎の左手が書いたものだろうが、綺麗なものは綺麗だったんだから。
そこにはだいたいこんなことが書いてあった。意外と長文でびっくりしたけど。
〝境界線を越えてごめんなさい。
指輪を探してるんです。とても大事なもので、どうしても見つけたいんです。
どう探してもこちらにはないので、もしかしたらそちら側に転がっていってしまったのではと思いまして。
いつまでもここでこうしているわけにはいかないんですけど、それを持っていかないと、私も行くに行けなくて〟
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