蹴破り戸

6/7
前へ
/7ページ
次へ
それでどうしたかって? 決まってるじゃん。左手に渡したよ。 「お探しのものはこれですか」って。 左手はしばらく、元旦那の指輪を手のひらで転がしたり指先でなぞったりして、少し訝しげだった。 だから重ねて言ったんだ。 「もしお探しのものがそれでなかったとしても、よかったらそれを持って行ってください」 「大事なものの代わりにはならないかも知れませんけど、好きにしていただいて構いませんから」って。 左手はそれでもちょっとためらうような様子で、しばらく指輪を掌に乗せたまま固まってたけど、最終的には指輪を握りしめてまたペンを取ったんだ。 〝ありがとうございます。ではこれを連れていきます″って、丁寧に書いた。 それから、消え入るように蹴破り戸の向こうへ引っ込んだよ。 それ以降もう、左手が出てくることはありませんでした。おしまい。 大団円だね。 私は満足感と幸福感で、しばらくそれだけで白飯食べられるような気分だったよ。 『なんで!? いいの!?』って思ってる? いいんだよ。 楽しいこともあったけどやっぱり、裏切られたり、殴られたりしたことは許せないじゃない。 だからあの手に持って行ってもらってよかったの、あの指輪。 今すごくスッキリしてるよ。これが、憑き物が落ちるってやつなのかもね。 そんな顔しないでよ。私ほんとに満足してるんだから。 たとえあの手が何だったとしてもさ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加