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【序章】0. プロローグ
――魔王城。
聳え立つ城は、畏怖と支配の象徴であった。強大な魔力を操り、長寿であるが故に人が到達しえない高みに達した魔族は、肉体も魔法も圧倒的な差があった。魔族と戦う術のない人族にとって、ここは『死の城』『絶望』と同意語である。
かつて魔王ルシファーと戦った勇者は、人族が生きながらえる小さな領土を勝ち取った。その土地に縋って生き延びた人族は、新たな希望を次の勇者にかける。新たな土地をさらに奪い返してくれるように……と。だが、2度目の勇者は魔王に敗れた。
長い年月が流れ、勇者と魔王は数え切れぬ戦いを繰り返す。大地を切り裂き、空を割って、水を枯らして戦い続けた。
なぜならば――魔王と勇者は常に『対』として存在する。
人族である勇者が死しても、すぐに次代の勇者が生まれた。退いた時代はあっても、一度も死することなく魔王は生き続ける。魔王と勇者が対であるから、魔王が存命である限り、勇者も途絶えることなく生まれ変わる宿命であった。片方だけでは存在しえないのだ。
世界のほとんどが人族以外の支配地域だった。小さな領土にしがみ付いて生き残った人族は、足りない魔力を補う方法として召還魔術を生み出した。唯一、魔族に対抗できる望みが『勇者』だ。異世界から呼び出すのではなく、死んだ初代の勇者を何度も甦らせ戦わせる魔術は呪いのようだった。
魔力が多い者ほど淡い色を纏う。世界の理に従うなら、純白を纏う魔王は最強の存在だ。強大な力を揮い、多くの魔族を従える姿は怖ろしくも美しいと伝えられる。
御伽噺の絵本を読み聞かせ、若い母親は眠ってしまった我が子の褐色の頬をなでる。まだ幼い子供にとって、勇者の英雄譚は絵本の中の出来事でしかなかった。
前代の勇者が倒れて50年余、今頃どこかで新たな勇者が生まれているはずだ。それが目の前の我が子でないことに、母親は安堵の息を吐く。
苦しい修行をして、大変な旅をしながら魔物と戦い、最後に膨大な魔力を持つ怖ろしい魔王と戦う。殺し殺される過酷な運命を息子が背負わなかったことに、彼女は心底安堵して息子の隣で目を閉じた。
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