13. 魔王陛下の一大事

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13. 魔王陛下の一大事

 夜泣きも一段落し、最近は大人しく寝てくれるようになった。数年は寝なくていい魔族の特性に感謝しながら、ルシファーは腕の中のリリスを揺らす。  おしゃぶりが動くので、まだ寝ていないのだろう。だが瞼はおりていて、あと少しで眠ってくれそうだった。寝かしつけに失敗したせいで、2時間はこうして抱いている。彼女が大きくなって一人で眠れるまで、ルシファーと睡眠の関係は断絶状態になりそうだった。 「リリスのためならいいんだけどね」  寝ることに執着しない魔王だが、前代勇者を倒したあとに50年ほど寝ていたことがある。まとめて寝溜めしたと本人は言い放ったが、その間の事務処理を担当したアスタロト達は大変だった。  魔王本人の決済なら1つで済む署名が、四大大公だと3人以上の連名でようやく効力を発揮する。アスタロト一人では対処しきれず、ベールとルキフェルを巻き込んで壮大な書類整理に追われた。ぐっすり50年寝て起きた魔王へ、青ざめた顔色のアスタロトが詰め寄ったのは当然だった。 「リリスは可愛いなぁ」  ひそめた声で告げると、すこしだけ目が開く。赤い色が覗くけれど、すぐに閉じられてしまった。反応してくれたリリスが愛しくて、瞼に触れるだけのキスを落とす。 「人族の寿命は短いらしいけど、何とでもなるさ」  アスタロトが聞いたら頭を抱えるような発言をさらりともらし、魔王ルシファーはだらしなく美貌を緩めた。身体ごと揺すりながら、リリスを寝かしつける。  魔王の執務室は質のいい机と椅子、膨大な知識を支える壁一面の本棚があった。重厚な作りの家具に交じり、最近は白い木製ベビーベッドと、月や星を飾ったベビーメリーが吊るされている。部屋の雰囲気は台無しだった。  だが部屋の主は満足しているため、アスタロト含め誰も文句を言えない。 「魔王様! 大変です!!」  ばたんと大きな音を立てて開いたドアに、魔王の周辺がぴきんと凍りついた。それは空気などという目に見えない存在ではなく、物理的に足元が凍っている。 「ふ…おぎゃああああああ」  折角眠れそうだったのに起こされたリリスの癇癪(かんしゃく)じみた泣き声に、魔王はその称号に相応しい恐怖の表情で振り返る。しかし腕の中の赤子を揺すって宥めることは忘れない。アンバランスな視覚的情報に、飛び込んだ魔族は言葉を失った。  どうしよう、怖いんだけど……ほのぼの映像にしかならない。 「リリスが起きちゃっただろ! もっと静かに来い。そもそも、リリスの寝起き以上の大事件はない」  言い切った魔王は、後ろから飛び込んだ側近のセリフに眉を寄せた。 「何を馬鹿なことを……陛下、勇者らしき人族がきました」 「そ、そうです! 勇者がっ!!」  攻め込んできたと騒ぐ兵と、訪ねてきたと気楽に言い放つ側近。対照的な2人だが、報告内容は同じだった。ただ感じ方が違うだけだ。  どうせ魔王に一蹴されると決め付けるアスタロトは、眉をひそめたルシファーへ手を差し出す。 「なんだ、この手は?」 「リリス嬢を預ります」 「預けるわけないだろ」 「「は?」」  報告に飛び込んだ兵とアスタロトの声がハモった。 「勇者か、仕方ない。すぐに片付けて帰ってもらおう」  友人に「用があるからまた今度」と話しに行くような態度で、ルシファーは黒いローブの裾を揺らして歩き出す。その左腕にぐずるリリスを抱いたまま。
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