278. 虹の後の落雷事件

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278. 虹の後の落雷事件

 派手じゃないと言ったルーサルカが、まさかのユグドラシル召喚もどきだったので、シトリーは委縮していた。何を披露しようとしていたのか、自分に何ができるのか。怖くなって唇を噛む。涙が溢れそうになるのを、必死に拳を握って耐えていた。 「パパ、ちょっとぉ……離して」 「え!?」  繋いでいた手を解いて背を向けるリリスに、ショックを受けたルシファーが崩れ落ちる。膝から落ちてそのまま倒れる姿は、勇者にやられたような哀れさがあった。さすがに完全に崩れる前に、アスタロトが支えに入る。 「しっかりして下さい。見捨てられますよ」 「う……リリスぅ」  手にした録音用水晶玉を死守しているのが逆にすごい。ちなみに今の「離して」も録音されたことだろう。溜め息をつきながらルシファーを助け起こす側近は、見ないフリで気遣うエルフ達に軽く会釈した。 「シトリーぃ。こうしてるから、頑張れっ」  きつく握られた拳を解いて、手を繋ぐ。爪が食い込みそうなほど握られていた手は、しっとりしたリリスの手に包まれていた。シトリーは驚いて顔を上げる。 「あのね。リリスはシトリーのぉ、風の魔法ぉ好きだよ」  気が抜けて、すっと気持ちが楽になった。シトリーの表情が和らいでいく。ぎこちないながらも笑顔を見せるシトリーを、リリスは背伸びしながら撫でた。 「こうすると、安心するぅのよ」  自分がされたら嫌なことは他人にしない。その教えを、リリスは自分なりに解釈していた。自分がして欲しいことは、他人もして欲しいに違いない。  微妙に間違っている気もするが、現在時点で問題はなかった。 「私なりに頑張ります」  6歳の少女は深呼吸して、魔力を高めた。手のひらに集めた魔力を形にしていく。やがて現れたのは、高魔力の塊である一枚の羽根だった。  半透明の美しい羽根を揺らすと、団扇のように風を起こした。その風に羽根を乗せて手離すと、空中で竜巻となる。くねる大きな風の龍が去ると、巻き上げられた水が舞い散った。  陽光に煌めく水しぶきが虹を作り出す。 「きれぇ…!」 「魔力制御が上手ね」  口々に褒める友人達に、シトリーはやっと心から微笑んだ。なんとか終わった。そんな彼女達を前に、リリスはルシファーを振り返る。 「次はぁ、リリスね」  ご機嫌のリリスだが、そもそも予定にない。驚いた大人を無視して、リリスは頭上を見上げ、人差し指で空を指差した。 「だぁーん」  頭上を指し示す手を振り下ろすと、晴天から雷が落ちる。咄嗟に結界を張ったルシファーが、全員を包んで守った。  雷はジグザグに空中を切り裂いて光り、中庭の銀龍石をひとつ砕く。音と光を遮断した結界の中、アスタロトが溜め息をついた。 「できた!」 「出来たではありません」  厳しい顔で注意しようとしたアスタロトを、ルシファーが手で遮った。仕方なく口を噤んだ彼の隣をすり抜けて、ルシファーはリリスを抱き上げる。 「見事な雷だね。すごく大きかった。みんなに当たったら危ないのはわかるね?」  きょとんとしたリリスだが、叱られていると気付いて唇を尖らせた。腕の中で暴れて抜け出そうとする。そんな彼女を腕で拘束して、ルシファーは続けた。 「石が砕けただろう? あれがお友達にぶつかってたら、大変だった」 「ぶつけなぃもん!」  反論するリリスだが、結界の表面を走った雷がそのまま落ちていたら、中庭は大惨事だった。周囲の人々が巻き込まれ、痺れや爆音による被害が出たかもしれない。  砕けた銀龍石も散らばり、ひどい有様だった。本人が意図しなくても、高い魔力で引き起こされる魔法は、他者を巻き込むことがある。  力を持つ者ほど、力を揮う場所と場面を慎重に見極めなければならない。 「リリス。ちゃんと聞いて」 「……うん」  目を合わせて言い聞かせると、根が素直なリリスは頷いた。興奮して魔力を込めすぎたのが原因だが、人がいる場所で危険な魔法を使わないよう、覚えさせる必要がある。 「オレがいない場所で、雷は使わない。約束できるか?」  すこし沈黙が落ちる。リリスは周りを見回して、それから砕けた石をじっと見つめた。最後に、離れた場所で身を寄せ合うエルフ達に気づく。  怯えるように肩を寄せ合うエルフの姿に、リリスはやり過ぎたらしいと理解した。普段は手を振ってくれる笑顔のお姉さん達が震えているのは、怖かったからだ。 「パパがいればいいの?」 「そうだ。オレがいない場所ではダメ。オレが一緒ならいい。それだけ強い雷なんだ」 「わかった」  しょんぼりしたリリスの答えに「リリスはいい子だ」と黒髪を撫でるが、復活しない。 「リリス様は、強いのね!」 「追いつけるように頑張らないとね」  互いに励ますお取り巻きが駆け寄り、リリスの手を握る。 「パパ、下ろして!」  抱いている腕をペチペチと叩かれる。仕方なくルシファーが下ろすと、お取り巻きに「ごめんね」と謝るリリスがいた。それから走って行き、エルフ達にも謝った。 「リリス嬢は大人ですね。親離れも早そうです」  アスタロトの一言に、魔王は拗ねて口を尖らせる。すると駆け戻ったリリスが飛びつき、ルシファーの手を握った。 「パパはリリスが、ぃないとダメね」 「ああ」  嬉しそうに答える魔王は、幼い娘に抱きついて頬ずりした。
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