302. 王都殲滅戦

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302. 王都殲滅戦

※多少の残酷表現があります。 ***************************************  都でもっとも広く人の多い通りを、ベルゼビュート率いる魔獣の群れが制圧していく。武器を手に飛び出した冒険者や兵士は、ずるずると後退しながら敗走し始めていた。  飛びかかってきた男の剣を弾き、続いた槍を叩き折る。露出度の高いドレスをひらりと揺らし、見事なプロポーションを見せつけながら、ベルゼビュートは人族の群れを斬り伏せた。聖水を手に騒ぐ神官の喉を突いて、容赦なくふたつに切った。 「この魔女め!」 「滅びろ」  飛んでくる炎の球や風の刃を無効化しながら、嫣然(えんぜん)と笑う。この程度の魔術で、精霊女王の身に傷を負わせることなど出来ないのだ。 「失礼ね、まったく」   文句を言いながら、ベルゼビュートは舞うように敵を排除し続ける。その流れる剣先に迷いはなかった。彼女が剣をふるうたび、ピンクの巻き毛がふわふわと揺れる。  ベルゼビュートの表情は硬かった。精霊はもっとも子供が生まれにくい種族のひとつだ。そのため子供は何にも優先して守ってきた。今回の騒動は、他人事ではないのだ。  たまたま誘拐されたのがリリスだったため、すぐに発覚したが、あれが別種族の子供だったら? ただの行方不明事件として扱われていたら? そう考えると恐ろしかった。  滅多に生まれぬ精霊の子が犠牲になった可能性もあるのだ。ぞっとする思いをぶつけるように、目の前の人族を斬り捨てる。後ろに続く魔獣が、左右に広がって大通りを埋め尽くしていた。 『ベルゼビュート様、我らは散開いたします』  魔獣の中でも武勇を誇る魔狼族が、群れの長である灰色魔狼セーレを通じて戦線の拡大を申し出る。都は大きく、獲物である人族の数も多かった。このままでは夜明けまでに終わらない。彼らはかつて己の一族の子狼を狙われたことがあり、たとえ子供であろうと人族を逃す気はなかった。 「わかったわ、何かあればすぐ退()きなさい」  上位者の指示に、セーレは身を伏せて了承を伝えた。すぐに遠吠えを行い、魔狼族に指示を広めると、応じる形で遠吠えがあちこちの路地から返る。  魔熊は巨体に似合わぬ器用さを発揮し、街の路地を次々に攻略していた。他の魔獣も都のあちこちに広がっていく。殲滅戦の様相を呈してきた都は、人々が逃げ惑い泣き叫ぶ地獄だった。 「夜明けまでに、魔王陛下に勝利を捧げるのよ」  ただの勝利ではない。完全なる勝利でなければならない。この都に住む人族が落ちた地獄を知らしめ、人族が二度と魔族に逆らわぬよう。他の街が同じ(てつ)を踏まぬよう、見せしめとして完膚(かんぷ)なきまでに滅ぼす必要があった。  南の都には、すでにベール指揮下の魔王軍が展開している。王都は魔獣に明け渡された。現場の指揮はベルゼビュートに託されている。すべてが順調だった。 「あと少しね」  ピンクの巻き毛を指先でくるりと回したベルゼビュートは、精霊を使って集めた現場の情報をベールに転送した。 「えい!」  後ろから飛んできた瓶を、剣で弾いて落とす。割れた瓶から聖水の臭いがした。何度洗っても取れぬ、まるで呪詛のような臭いだ。振り返った先で、幼い少女が震えていた。  失敗すると思わなかったのか。聖水でやっつけられると信じていたのだろう。泣き出しそうな顔で後ずさる姿は、ベルゼビュートの追撃を鈍らせた。 「いいわ、行きなさい」  こんな子供が逃げても、すぐに他の魔獣に殺されるだけ。わかっていても助ける気はなく、しかし自ら切り捨てようとも思わなかった。運が良ければ、街から逃げ出せるかも知れない。幼子にかけた僅かな期待は叶わないと承知の上で、ベルゼビュートは剣をさげた。 「魔女、しねぇ!!」  叩きつけられた敵意と炎の球に、ベルゼビュートの紅を塗った口角が持ち上がる。剣を構えず、ただ己の前に展開した魔法陣で炎をそらした。続けざまに数を打った魔術師が力尽きたのを待って、ゆっくり近づく。初老に届く男の首を一太刀で落とした。 「……あら、運がないわね」  先ほど逃した女の子が、炎に焼かれていた。嫌なものを見たと眉をひそめ、ベルゼビュートはその場を後にする。 「陛下の方は終わったのかしら」  見上げた空は深い紺色をしていた。月が半分ほど雲に隠れ、早い風が雲を流す。美しい景色に表情を和らげて、彼女は意識を切り替えた。 「父さんの仇!」  叫んで斬りかかる青年に剣を突き立て、ぐいっと引き抜いた。真っ赤に染まる刃が、ぬらぬらと光る。 「人族に同情なんてしないわ」  自分に言い聞かせるように、ベルゼビュートは赤い唇で弧を描いた。。
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