16. 一部ほのぼのしてますが、戦闘中です

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16. 一部ほのぼのしてますが、戦闘中です

「おう、また勇者が来たらしいぞ?」 「そりゃ楽しみだ」  訪ねてきて戦う勇者パーティーは、魔族にとって風物詩である。季節のお祭といっても過言ではない状況で、街の住人達は手に弁当を携えて城門へ向かっていた。街の大通りを抜ければ、正面の小山の上に白銀の城が見える。  勇者パーティーが作り出した火花が周囲を焼きながら、城門前の丘を彩る。各々気に入った場所に陣取り、酒を飲みながらお弁当を食べ始めた。さながら、周囲はお花見のような光景が繰り広げられる。やや遅れて到着した第二陣は、屋台を設置し始めた。 「お? 派手な火花だぞ!」 「今回のパーティーは魔法使いが混じってるんじゃないか?」 「見ごたえありそうだ」  好き勝手に言い合いながら丘の上で宴会を始める魔族に、城下町ダークプレイスの顔役で、賭けの元締めバアルが交じっていた。彼は大げさに手を広げると、身振り手振りで街の住人に語りかける。 「さあ、皆さん賭けた! 賭けた! 今回は魔王様が勇者を退けるまでの時間だ!!」 「今から2時間!」 「30分だ!」 「前回が短かったからな、8分でどうだ」  元締めの隣にいる6本の腕を持つ魔族が、賭けの内容を書き取って集金を始める。黒いフードを深く被った女が、そっと金貨を出した。1枚、そして追加で銀貨数枚を足す。 「私は10分」  そのとき、風が吹いて彼女のフードがふわりと揺れた。中に隠しておいた薄桃色の髪が零れ落ちる。その髪色を見て、賭け台帳に「ベルゼビュート様、金1、銀5」と記録された。割符となる半券を受け取る。 「ベルゼビュート、何をしているのです?」  後ろにブリザードを背負った男の声に、ピンクの巻き毛の女性は身を竦ませた。恐る恐る振り返る先に、黒い笑顔を浮かべたアスタロトが立っている。ひらひらと手を振って手招きされ、断る術をもたない彼女は項垂れて従った。 「謹慎の意味が理解できないほどバカだとは、嘆かわしい。それでも大公の位にあるのですから、仕事をしてもらいましょうか」 「……はい」  反論を受け付けないアスタロトの言葉に、ベルゼビュートは心の中で反省した。賭け金証明の割符を胸の谷間に隠しながら、次は配下の者に買いに来させようと決める。  魔王ルシファーの暴走に頭を抱えていたアスタロトだが、ようやく立ち直ったらしい。集まった観戦希望の住人達を管理するよう言いつけ、魔王の下へ向かった。  集まる民を守るのも、大公達の仕事だ。魔王は魔王領の国民に『勇者との戦い』という娯楽を提供する義務がある。完全な分業だった。万が一でも民へ魔法があたらぬよう、ベルゼビュートは守り役に徹した。 「陛下、民が集まっておりますゆえ、くれぐれも、()()()()()ご自重ください」 「わかっている」  二度言った。今、二度言ったよ。  アスタロトの厳しさをよく知る魔王とベルゼビュートの顔が引きつる。これを無視したら、しばらくリリスと引き離される危険性もあった。奴ならばやる! 確信めいた恐怖にルシファーは表情を引き締める。 「勇者を騙る若者よ、そろそろ引くがよい」  何度も練習させられた大仰な物言いを駆使して、ルシファーは勇者へ笑みを向けた。アスタロトに訓練されたとおり、すこし哀れみを混ぜて上から目線になるよう口元の角度を調整する。演技指導した側近は、できばえに満足げな頷きをした。  今回はなかなか上手に振舞えていますね――左腕に赤ちゃんがいますが。  あの部分だけほのぼのしているが、今更取り上げようものなら全力で抵抗されるだろう。仕方ない、今回の勇者一行は全滅してもらえば、人族に話が漏れる心配もないでしょう。  物騒なことを考えながら、アスタロトは魔王の一挙一動を見守った。
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