07. 扱い方ひとつ知りません

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07. 扱い方ひとつ知りません

 圧倒的な魔力を誇り、豊富な魔法を操り、ほとんど万能といってもいい魔王陛下(ルシファー)――長寿で知識豊富な彼だが、一般常識に(うと)かった。父親になった経験がない青年として贔屓目(ひいきめ)にみても、まだ非常識すぎる。 「……母乳、ですわ。胸を持ってくるわけじゃありませんのよ?」 「よくわからないが、この子が腹をすかせてるから任せる」  理解する努力を放棄した魔王は、赤子に指をしゃぶられたまま首をかしげた。胸と乳と母乳の違いがわからない。だが尋ねると誰もが首をかしげるので、今さら聞くに聞けない状況になっていた。  現に幼い外見のルキフェルは理解している様子だ。彼は大公の中では比較的若く、多すぎる魔力のせいで成長はゆっくりだった。それでも1万年以上は生きている。魔王に比べたら赤子同然の年齢であるルキフェルが知っているのに、あらためて説明を求めにくい。  ベルゼビュートの背中を見送り、腕の中の赤子を見下ろす。柘榴のような赤瞳は大きく澄んでいた。色が白いのは魔力が高い証拠、象牙色の肌や赤い瞳を見れば、魔力の潜在力は掴める。確かに人族に育てられる魔力量ではない。  大きすぎる魔力を持つ無力な赤子は、魔物達に狙われる。生まれもつ魔力を増やす方法はひとつで、他者の魔力を吸収することだった。  これだけ潤沢な魔力をもつ無力な赤子がいれば、食料として魔物に付け狙われるため、ひとつの街に定住出来なかった。この子がいる街は魔物に襲撃され、蹂躙されるだろう。そんな子供を連れた人族の親が逃げ延びられる確率は、限りなく低い。  子供のためを思うなら、手元におかず魔族に任せる方が賢い選択といえよう。 「お前のためを思って、捨て……置いていったのかもな」  赤子に言葉はわからない。拾われたときの記憶など残らないだろう。そう理解しても、本人に「捨てられた」なんて言葉を投げかけるのは残酷だ。  愛らしい顔で見上げる赤子に、微笑みかけた。  泣き出さずに大人しく指をしゃぶる赤子を見つめ、ルシファーは再び玉座へ戻る。腰掛けて膝の上に寝かせると、離されたのが嫌なのか。小さな手で魔王の指を持ったまま大きく息を吸い込んだ。 「ひっ……ぎゃぁああああ!」  大泣きされて、慌てて立ち上がって胸元で縦に抱っこする。おろおろしているルシファーを他所に、アスタロトは空間から本を1冊引っ張り出した。どうやら育児書のようで、図書室から拝借したらしい。魔法で検索したページを開いて読みながら、口を開いた。 「ルシファー様、抱き方が違うようですよ?」 「え、どうするんだ?」 「こちらのように、横にして抱くらしいのですが」  育児書を開いて見せれば、玉座の前の階段を飛び降りたルシファーが真剣に本の図を眺めたあと、納得した様子で抱き直した。育児書に書かれていた「首が据わる月齢まで縦に抱かない」の一文を確認し、もう一度、図の抱き方を再確認する。 「これなら平気そうだ」 「この本はお渡ししますので、責任もって面倒見てくださいね」  突き放すアスタロトの言葉に、ルシファーは自信満々で頷いた。 「わかった」  そんな2人のやり取りを見ていたルキフェルが、隣の青年の服を引っ張る。上位の魔族ほど肌を見せない服装をするため、ずるずるした長いローブを纏ったベールが身を屈めて、ルキフェルを抱き上げた。慣れた様子で首に手を回した子供は、ベールの耳元で囁いた。 「またアスタロトがめんどう、みる」 「間違いないですね。あのルシファー様が子供の世話なんて無理です」  熱しやすく飽きやすい主の性格を把握した2人の大公の声は、騒ぐ魔王達の耳に入ることはなかった。
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