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参 逢魔時
「まっ待ってくださぁ~いっ!晩秋さまぁ~っ!」
都羽丸は屋敷の中で全力疾走する晩秋を必死に追っていた。
「お待ちくださいましーーーーっ!今日という今日は逃がしませぬぞーっ」
その都羽丸の後ろからは、文字通り鬼の形相の馬場がまさかの力走で迫っている。
晩秋を追う都羽丸の視界に開け放たれた玄関の間に足を踏み入れた時だった。ふいに横から腕を強く引っ張られた。
「っ!」
思わず叫びそうになった都羽丸の口を晩秋の掌が塞いでいた。
「ば・・・ばんふぅ・・・はぁま・・・・?」
「しっ・・・黙っていろ」
そう耳元で晩秋に言われ都羽丸がコクリと頷いた時だった。目の前を疾風の如く走り過ぎた馬場が玄関の間を突き抜けそのまま式台に降りた瞬間、一瞬にしてその姿を消した。
「えっ!消えた」
都羽丸は思わず目を丸くした。馬場の姿が跡形もなく、一瞬にして綺麗に消えてしまったのである。
「ばばば・・・・晩秋様っ、ご覧になりましたか?馬場殿が消えてしまいましたっ!」
慌てて晩秋を振り返るも、晩秋は口元に手を当て身体を半分に折りしきりに笑っている。
「晩秋・・・さま・・?」
不審に思った都羽丸はたった今馬場が消えた式台まで来て絶句した。
「っ! うそ・・・・ですよね・・・・」
都羽丸が目にしたもの。
それは、玄関の式台の部分が見事なまでにくりぬかれ、大人の男の身長はあろうかという深さの穴が掘られていた。その穴の底で馬場が目を回しているのである。
「晩秋様っ!もしかしてこれっ、晩秋様が掘ったんですかっ!」
「あぁ、朝から掘って昼七つになってしまったが別に大したことではない」
「いや、別に褒めてるわけじゃないですからっ!どうするんですかこれっ!玄関にこんな穴ほっちゃってっ!式台がまるっとないではないですかっ!齋朝様にも絶対怒られますって!」
「そうか?」
「そうですよっ!」
晩秋は都羽丸の言葉に少し考えるようなそぶりを見せたが、すぐに薄い唇の端に小さな笑みを浮かべた。
「まっ、大丈夫だろ」
そう言って、馬場が落ちている穴をぴょんと飛び越えると軽快に石畳を渡り門の外へと出て行ってしまった。
「まっ待ってくださいっ。ぁあ~・・・・馬場殿・・・・あいすまぬっ!晩秋様~っ!」
齋朝に報告をするべきか、それとも馬場を先に助け出すべきかおろおろとしていた都羽丸であったが、晩秋の後ろ姿が見えなくなると慌ててその後を追った。晩秋と都羽丸がいなくなった屋敷の玄関の間には、齋朝が現れた。
「なんだ・・・随分騒がしいが・・・・ほぅ・・・・これは・・・・」
齋朝は悠長に式台の穴を見ると、声を上げた。と、同時に穴の中の馬場が目をぱちりと開き齋朝と目が合った。
「馬場・・・・変わりはないか?」
「は・・・はい・・・なんとか・・・・」
「今日も、楽しそうだな」
「・・・・・・・」
齋朝は声をあげて笑いながら、踵を返し去っていった。
「えっ・・・・・と、申しますか・・・・・・齋朝さまーーーーーっ!助けてくださいましーーーーっ!」
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