街へ

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街へ

 アールが来てから二週間が過ぎた。その間彼はイチカを手伝い、畑仕事をしたり家事をしたりした。  イチカの生活はほとんど自給自足だが、たまに街へ下りて畑で採れたものを売ったりした。  よく晴れた日。イチカはアールを連れて街へと向かった。リュックと台車に沢山の野菜を積んで。  イチカは魔法があまり使えないが、既にこの世界のおよそ9割近くの人間は魔法が使えなかった。先の大戦で、魔法戦士が多く使われた為だと言われている。  魔法と言っても万能の才ではない。例えば大気を操作して火炎放射機の威力をあげたり、爆弾を操作して確実に相手に当てる、等補助的な面が大きい。  ましてや不死身なんてとんでもない。彼らは普通の人よりも丈夫でない程である。  魔法が使える人間には特徴があり、その多くが純粋で素直で、邪悪に対して無知であった。その為、魔法が使える人間は、大抵使えない人間に利用されてきた。  噂では、魔法を使える人間が減った為、大戦時に魔力を燃料とする、魔力アンドロイドを兵器に改良して使用していた、との話もあったが定かではない。  最近では魔力アンドロイドも減ってきている。そもそも魔法が使える人間がいないので、生産しても売れず採算が取れないとのことだ。その代わり、電気等人工的な燃料のアンドロイドを作る計画があるとか。  その内魔法を使える人間も、魔力アンドロイドもなくなってしまうだろうと言うのか、昨今の世論の動向だった。 (愚かだわ。本当に愚かだわ)  イチカは声に出さず口の中で繰り返しながら、野菜の詰まったリュックを背負い直す。台車はアールが引いていた。  森を抜け川沿いをひたすら進むと、丘の下に街が見えてくる。この辺りでは一番大きな街、C市である。  街へ入るには滞在許可証がいる。イチカの許可証の資格は〝商人〟で、有効期間は二年だ。半年前に更新したばかりで入ることに問題はない。  イチカは台車を引くアールをチラリと見る。  アンドロイド用の許可証が要るのか、それとも。 「こんにちは、イチカ。そのアンドロイドは君の持ち物? そうかい。じゃあ野菜類の他にアンドロイド一台で申告してね。大丈夫、持ち込みに手数料はかからないよ。君の資格は商人だから、手伝いということでね。売る場合は話が別だけど」  慣れた様子で、門番はツラツラと説明した。アンドロイドは減って来ているが、まだまだ愛玩用や働き手として使われているのだろう。 「ありがとう」 「今日一日良い滞在を! イチカ」  門番は決まり文句を貼り付けたような笑顔で放つ。見た目は若い男性だが、イチカ達が両親に連れられ来た時から姿形が変わらない。今までは気にしていなかったが、もしかしたら、彼も魔力アンドロイドなのかもしれない。  イチカはいつもの場所で店開きを始める。といっても持参した大きめのシートを広げて作物を綺麗に見れるように並べるだけだ。店の場所は決まっており、年に一度くじ引きで決める。とは言っても、意地の悪い人がはみ出して店を設置すると、イチカの品物を置く場所がないということにもなり兼ねない(イチカは毎日店を開くわけではないので尚更である)ので、行く時はなるだけ早く家を出るようにしている。街の真ん中の広場から門へ続く大通りに沿う形で、様々な店が開かれている。 「あら、イチカちゃん、こんにちは」  今年から場所が隣になった、ガラス細工売りの中年女性が話しかけて来た。名をマリーと言う。可愛らしい名前の響き通り、昔は美しかったであろうという容貌だ。一見人当たりがよく愛嬌があるおばちゃんと言った風体だが、人のことを根掘り葉掘り聞いては噂を振り撒いているので、イチカは苦手だった。 「こんにちは」  イチカは挨拶だけして、さも自分の準備が忙しいかのように作物を並べる。しかし、マリーは目ざとく、いつもはいないアールの姿を見つけた。 「あらぁ、この子はだぁれ? イチカちゃんの恋人? にしては歳が離れてるかしら? なーんて失礼よねぇ! ごめんなさいねぇ」  マリーは無遠慮に、ジロジロとアールを舐め回すように見つめた。   「ーー親戚の子です。働き先がないので、うちに置くことになったんです」  マリーにアールが魔力アンドロイドであることを伝えるのはうまくない気がしてきて、とっさに嘘をついた。 「あらぁ、そう。あの戦争の後からずぅっと不景気だものねぇ。この辺はまだ良いけど、田舎では物取りや人殺しが横行しているとか」  話しながら、マリーはアールの左側へ回ると、 「あら! この子怪我してるの!?」  包帯を指差し大袈裟に驚いてみせた。イチカは信じられない思いで、睨みつけながら答えた。 「ええ! 戦争の時に怪我をーー。もう、良いですか?! この子は知らない人と話すのが苦手なんです!」  他人とのいさかいを避ける傾向にあるイチカは、マリーに多少心ないことを言われても普段は我慢していた。そのイチカがはっきりと拒絶の意を示して来たので、マリーは面食らった。 「え、ええ。そうだったの。それは、悪かったわね」  マリーはしどろもどろにそう答えると、そそくさと自分の売り場の用意を始めた。  イチカは怒りがなかなか収まらず、苛立ちながら乱暴に作物を並べだした。力を込めて地面に置いたせいで、少し形が崩れてしまった。 「あっ」  その手に、自然にアールの手が触れた。優しく包むように。 「あ、アール?」 「イチカ、あなたは冷静さを失っています。少し休憩してください。作物の配置は私がやっておきます」  アールは言うや否や、テキパキと綺麗に作物を並べた。きちんと種類別になっており、イチカが普段並べるよりも、整然として見えた。 「あ、ありがとう」  イチカがお礼を言うと、アールは小さく笑んだ。    アンドロイドに心はないと言われている。魔力を原動力とするが、機械で出来ているからだ。魔力を注入することを、命を与える、と表現されることもあるが、魔法で命を生み出すことはできない。魔力を注入しても人形等では動かないことや、死ぬ前の人間の怪我の治癒力を高めることは出来ても、死んだ人間を生き返らせることは出来ないことからも明らかである。  魔力アンドロイドは、魔法を使えない人間が制作したと言う。労働においてマイノリティである魔法を使える人間が酷使される現状を少しでも緩和できるように、魔力を注入することで彼らの代わりに働く人を作ることが目的であったという。  魔法を使えない人間の頭脳と、魔法を使える人間の力。それらが合わさった動く魔力アンドロイドは、完成当時は立場の違う人間同士を結ぶ夢の発明として持て囃された。  実際は、魔力アンドロイドが普及すると、魔法を使える人間はその原動力として酷使されることとなったのだが。  話がずれたか、アンドロイドには心はないと言われている。しかし、その原動力は人間が生み出す魔力だ。その人間の心が少しでも反映されているのでは? とイチカは常々考えていた。  アールは笑みを引っ込め、黙々とつり銭の用意をしている。 (あんな風に、笑うんだもの)  きっとこの子の中にも、小さいかもしれないけれど、心はある。                         
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