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玩具屋
イチカは、作物の販売は売れても売れなくても、昼過ぎには引き上げる事にしている。帰り道が暗くなり、森を抜けるのが危険だからだ。
今日はアールの配列が良かったのか、まずまずの売れ行きで、持ち帰る作物は持ってきた時の半分になった。
「お先に失礼します」
朝に一喝したからか、珍しく静かだったマリーと、反対隣のおじさん商人に挨拶し、イチカはアールを連れて持ち場を後にした。普段なら市場で少し買い物をして帰るところだが、今日は寄るところがあった。
商店街の中心部から外れたところに、魔法関係の道具が売られた店が集まっている。その集まりからさらに外れた、周囲はシャッターが閉まっているような寂れた所に、イチカの馴染みの店はあった。
どうぞお入りください、とだけドアに吊るされた看板に書かれたその店は、外からでは何が売られているのか分からない。窓ガラスは汚れで曇っていて、中は見えない。入り口に飾られた、人くらいあるうさぎの置物が、可愛らしい顔をしている分不気味である。
イチカはアールに台車を道の端に寄せるよう指示すると、自身は店のドアをリズミカルに叩いた。
と、とと、とととん
しばらく待つと、
ぎぃ、
とドアが開いた。
中から、まん丸の目をした、しわくちゃの老人が顔を出す。その目でイチカを捉えると、益々しわくちゃにして微笑んだ。
「やぁ、いっちゃんか。久しぶりだなぁ。えっちゃんがおらんくなったから、めっきり来なくなったもんなぁ」
「こんにちは、ポーノおじさん」
「ささ、中はお入り」
「あ、はい。ちょっと待って。もう一人いるの。アール」
台車を置いたアールが戻ってきた。
「この子はアールよ」
ポーノはアールを目を細めて見てめた。
「おお、これは魔力アンドロイドか。最近は見なくなったが」
言いながら、ポーノは中へと二人を招き入れた。店の外から見たとおり、中も埃っぽく、人の入る隙間もないほど物が敷き詰められている。〝玩具屋ポーノ〟と書かれたボロボロの看板も無造作に置かれていた。
幼い頃、玩具を買ってやると両親に連れられ来たのがポーノの店だ。子供用の杖や魔力で動かせる玩具を売っていた。イチカ達のお気に入りは、手で回すとカラクリが動く玩具だ。手を使わず、魔法で周りの空気を操作して、動かしていた。
ポーノはガチャガチャと、商品もあると思われる荷物をどかしながら、椅子を発掘してきた。どうぞと言わんばかりに、二つ並べる。イチカとアールが座ると、ポーノは向かいの薄汚れた緑色のソファにどかっ、と腰掛けた。
「さて、これをどこで手に入れたんじゃ? ん?」
おじさんには嘘つけないか、と心の中で舌を出しながら、イチカは答えた。
「拾ったの。ほら、森を街の方向とは逆の方向に抜けた、ガラクタ置き場で」
ポーノはまん丸の目でイチカを見た。
「あそこへ行ったのかい。あそこは、軍が使わないものを捨てに来ることもあるらしい。不発弾が捨ててあるとも。危ないから、行くのは止しなさい」
イチカは小さく頷く。
「ーーええ、そうするわ。それで、今日はこの子の目が欲しいの。ほら、片目がないの」
言うと、イチカはアールの包帯をとき、がらんどうの左目をポーノに見せた。ポーノは立ち上がり、アールに近づくと、ほうほう、と頭を上下に振る。
「あーこりゃ、見たことない、珍しいタイプのやつだなぁ。うーむ」
ポーノは店の奥に引っ込むと、ガラガラと大きな音を立てた。しばらくすると、ゴホゴホと咳をしながら、小さな箱を持って来た。
透明の箱で、中は液体の中に薄水色の目玉が入っていた。それと目が合った気がして、イチカはドキリとした。ポーノは説明する。
「これはモノヒロイ(戦後、仕事のない人達で、物を売って生活する人たちをそう呼んだ)から買ったもんでな。戦火の後の首都から拾って来たらしい。色はちと違うが、仕方なかろう。今はね、魔力アンドロイドの部品自体があまり手に入らなんだ」
ソファに座ったポーノは、注意深く箱を開けた。ポケットの中からストローのようなものを取り出すと、その先に口をつけた。逆の先を目玉にくっつける。ずずっと、ストローを吸うと、そのまま目玉を箱から取り出した。目玉はストローについたまま離れない。
「さて、アール。このまま動かないで」
ポーノは座ったままのアールに、ストローで目玉をするりと取り付けた。ふっと、軽く息を吐くと、ストローは目玉から外れアールの左目に入り込んだ。
ウィー、ウィー、ガシャガシャ
アールから機械音がする。
「イチカ、この子のマスターである君の力で瞳を定着させてあげて」
イチカは頷くが、慌ててポーノに聞いた。
「おじさん、杖を忘れたわ」
「そうか、そうか。大丈夫、これを貸してあげよう」
ポーノはガラクタの山から一本の杖を取り出す。
「これは」
「これもモノヒロイから買ったもんじゃ、ささ、早くしないと目玉が剥がれるぞ」
ポーノが取り出した杖は、シンプルな木の杖だった。大分使い込まれているらしく、所々朽ちている。イチカが使っている杖に似ているが、それより些か短くコンパクトである。
イチカは杖をアールの左目の前にあてる。すうっと息を吸い、目玉がアールの瞳になるよう魔力を込めた。
アールの左目が、パチパチと瞬きを繰り返した。
「うまくいったようだの」
様子を見ていたポーノは微笑みながら言う。イチカはほっと息を吐いた。
「アール、どう?」
アールは片目だけの瞬きを繰り返す。
「適合しています、イチカ。視力に問題はありません」
「良かった。あ、おじさん、これ」
イチカは借りた杖を返そうと、ポーノに渡そうとするが、彼はかぶりを振った。
「良かったら持ってき。持ち歩きに便利なサイズじゃろ。アールの目の分も含めて、代金はいらん。商売はいっちゃん達が来ない間に廃業したからの」
「そう、だったんですか。すみません、頂いてしまって。ありがとうございます」
「ここも来月には立退く予定なんだ。最近魔法関連の商売はめっきりしょっぱくての。周りのシャッターを見たじゃろ? 仲間も早々に引き上げとる。海の街に息子夫婦がいるから、そっちに行く予定じゃ。じゃから、餞別代わりじゃな」
ポーノは歯を出して、おどけたようにニカッと笑った。
「寂しく、なりますね」
ポツリ、イチカは呟いた。ポーノは、幸せだった頃のイチカ達を知る唯一の知り合いだった。
「えっちゃんは、やっぱり戻ってこんのか?」
ポーノの問いに、イチカは微笑みながらかぶりを振る。
「ええ。おそらく、もうエルドは」
もどって、こない。
何てことないように口にしようとして、イチカの唇は震えた。
「おやおや、いっちゃんーー」
微笑んでいたつもりだったのに、イチカの瞳からはぽたぽたと涙が溢れた。
「あれっ。ごめんなさい、ポーノおじさん、私」
「イチカーー」
イチカの手に温かいものが触れた。見れば、アールの両手がイチカの左手を包んでいた。
「アー、る?」
アールの片目は、薄水色の瞳なった。空のような、その、瞳。
目玉の状態で見たときは気付かなかった。
この瞳を、私は知っている。
「エルドーー?」
イチカは息を呑んだ。
エルドと、ーー弟と同じ色の、瞳。
(父さんと、私は茶褐色の瞳だけど、エルドは母さん似の空色の瞳だった。
綺麗で、いつも焦がれた)
似ている。
色だけではない。
イチカを見つめる、その優しげな瞳。
「いっちゃん、大丈夫か? いっちゃん」
ポーノの声にはたと、イチカは気付く。アールを見つめたまま、しばらく呆けていたようだ。
「おじさん、大丈夫よ」
アールの手は、いつの間にかイチカから離れていた。
しかし、ぬくもりだけは、イチカの手にはっきりと残されていた。
「ねえ。おじさん」
イチカはポツリと言う。
「私、思うの。魔力アンドロイドはただの機械ではなくて、魔力を入れた人の想いが少なからず残るって」
イチカは、ポーノを見る。ポーノは優しく笑った。
「そうじゃな。そうじゃとも。アールにはいっちゃんの魔力だけでなく、その気持ちも入っとるよ。仲間内ではアンドロイドに意識を移すこともできるんじゃないかという奴もいるよ。おっと、これはちょっとオカルトじゃな。ははは」
ポーノは笑うが、イチカには彼の言う意味がわからなかった。
「ありがとう、おじさん。海の街に行っても元気で」
店の前で、イチカはポーノとかたい握手を交わした。
「ああ、いっちゃんも、達者でな」
ポーノはアールに向き直る。しわくちゃの顔を、もっとくしゃっとさせて、言った。
「アール、いっちゃんを守ってやってくれ」
「かしこまりました」
アールは恭しく頭を下げる。
イチカとアールは手を振りながら、ポーノの店を後にした。
そして、これがイチカとポーノの、今生の別れとなった。
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