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プロローグ
春一番が吹き抜けた日、深夜まで風は強いままだった。がたがた窓を打つ風の音で目が覚めてしまった。珍しい。眠りは深い方で、いつもは目覚まし時計のアラームが鳴るまで起きないのに。
重い瞼をすぐに下ろして、再び眠りに戻ろうと壁の方へ向かって横向きになっていた体を仰向けにする。倒した肘に、やわらかいものが触れた。ぽよんと弾力があって肘を跳ね返してくる。
なんだ、ただのおっぱいだ。
俺は寝ぼけ眼のままおっぱいの方へと首をひねる。至近距離にすやすや眠る千鶴の顔がある。寝息が酒臭い。
いつものことだ、このまま眠っちまおう。千鶴の方に寝返りを打って掛け布団を引っ張り上げる。首を屈めるようにして肩まで布団に包まれたとき、がたんとひと際大きく風が雨戸を揺らして、俺はぱっちり目を開けてしまった。
常夜灯のオレンジの光の中で、千鶴の胸の谷間がばっちり見える。勘弁してくれ。中途半端にブラウスのボタン外すなや。
「おい、千鶴」
もやっとした気持ちのまま、ぷにっとしたほっぺたをつまむ。
「おい、自分の部屋行って寝ろ」
「え~~。いやだあ」
もぞもぞと身じろぎして、狭いベッドの中で千鶴は体を丸めようとする。猫か。
「邪魔だ。自分の部屋行け」
「やあだあ。あっちの部屋寒いんだもん」
「布団入って寝るだけだろ」
「やだあ。こうちゃんの布団があったかいの~」
酔っ払い。蹴り出すぞ。
「化粧したままじゃんか。顔くらい洗えよ、酔っ払い」
「んん~。朝起きたらねえ」
目も開けずに千鶴は寝ぼけた声で答える。
「酒臭い。やっぱあっち行け」
「いいやあだあ」
がしっと俺にしがみついてくる千鶴。こら馬鹿、胸が当たるっつうんだよ!
「おまえ、どんだけ飲んでんだよ」
「どうだろう……」
「またゼミのメンバー?」
「そだよお」
とろんとしたくぐもった声で千鶴は答える。
「卒業した先輩の就職のお祝い。二次会で新しいお店に連れてってくれてねえ。お洒落で素敵だったよお」
「ふん……」
ハタチをすぎたとたん夜遊びするようになって、この不良娘。
「ふたりでもう一軒行こうって誘われてえ」
その男、殺す。
「女の先輩だよ。お洒落で頭が良くて、憧れなんだあ」
いつの間にか、千鶴は目を開けて上目遣いに俺を見ていた。こいつ。
「おら、目が覚めたんなら出てけよ」
ムカついて足蹴にしてしまった。ころんと千鶴がベッドから転がり落ちる。びたん、と予想外にでかい音がして千鶴が情けない声をあげた。
「こうちゃん、ひどいよおおお」
頭の後ろをおさえてしくしく泣き始める。おまえが悪いんだぞ、男の純情を弄ぶから。
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