1話 文化祭の憂鬱

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「そうなんだ……」  背後からぽそっとつぶやきが聞こえた。振り向くと、香澄が何やら暗い表情で村元から貰った文化祭の資料を抱きしめて佇んでいた。 「何が?」 「え、や……えと、紘一くん、ちいちゃんが来るから、実行委員をやる気になったのかって……」 「そういうわけじゃねーけど」  いや、そういうわけなのだけども。 「ま、やるからにはちゃんとするからさ。といっても、やっぱり言い出しっぺは香澄なんだから、ちゃんと引っ張ってくれよ」 「……うん」  何かまだしっくりこない顔つきで、それでも香澄はしっかり頷いた。  俺と香澄はクラスの連中に声をかけ、出し物についても事前に候補を挙げてもらった。  タピオカ屋、パンケーキ屋、アイスクリーム屋とスイーツ系の販売が候補に並ぶ中、インスタ映えを狙って店員の服装にも凝らないと、なんて声が出る。そんなことを言い出すのは当然女子なのだが、企画に関しては女子の意見が重要だから野郎どもは黙っている。  そのうち当然のようにコスプレ喫茶の案が上がり、雲行きが怪しくなってきたぞ、と身の危険を感じた委員長(男子)がおそるおそる「ミニ縁日なんてどうだろう」とラクそうな提案をしてくれたのに、その声は小さすぎて黙殺された。  メイド喫茶や執事カフェじゃ当たり前すぎる、男女逆転にしたらどうだろう。恐れていた発想に至り、男子全員からすがるような眼を向けられたけど、俺だって自分の身がかわいい。女子がこうも盛り上がってしまうと口を出しにくい。為す術もない俺の隣で、香澄が口を開いた。 「面白そうではあるけど、でも、実のところ男子のメイド姿って見たい? 見たくない?」  冷静な意見に女子たちはじろじろと男子の方を眺めまわし、「ないわー」「見たくないわ~」「フツーに需要ないわあ」と早々に女装は却下、でも運動部や演劇部で後輩に人気のある女子が男装すれば、女生徒にも男子生徒にもウケるのではないかと、実行委員会に出す第一希望の出し物は男装カフェということで意見がまとまった。  とりあえず、助かった。  金曜日の第一回文化祭実行委員会で男装カフェ希望の申請を出し、おそらく通るだろうという希望的観測のもと、どんどん段取りを組み立てようとする香澄に俺はタジタジになった。根が真面目で責任感が強いから完璧に遂行しなければと思っているようだ。
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