1話 文化祭の憂鬱

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「おーい紘一。ちょっち来てくれ。あ、香澄ちゃんはいいよ、紘一だけ」  そんなふうに村元から呼び出されることが俺だけ多い気がする。だいたいが香澄とふたりで何かをしようとしているときで、いざ行ってみれば頼まれることや説明されることは大したことではないことばかりで、なんでわざわざ俺にばかりと思ってしまう。  クラスの出し物は申請通り男装カフェに決定し、給仕担当の女子には、黒シャツと黒いカマーベストに丈の長い黒エプロンというギャルソンスタイルで接客してもらうことになった。  てんでバラバラにコスプレするより、実際のお店っぽくコンセプトを統一したほうがクオリティが上がるのではないかという意見に香澄が賛成し(その方が失敗が少なそうとでも思ったのだろう)、この際なら高校生には敷居が高そうな大人っぽい雰囲気のカフェにしようと目標が決まった。  見よう見まねでメニューを考えたり内装を作ったり。女子に体をはってもらう分、男子は準備をしっかりね、とこき使われた。  出来上がってみれば、俺たちのクラスはおふざけの一切ない、至って普通のカフェを大真面目に学校内で開くことになったのだが、イケメン女子のパワーで当日はかなりの客の入りだった。   クラスの数名が自宅から持ち込んだコーヒーマシン数台で、コーヒーやカフェオレやエスプレッソやティーラテや抹茶ラテを作り続ける。それを待つ間に客たちはきゃっきゃとギャルソン女子と戯れる。大真面目ではあるけど、やっぱりカオスだ。  昼近くには材料が底を突いてきた。元々短時間限定販売で勝負する作戦で、売り切れ御免で閉店する予定である。あと少しの辛抱だ。  終わりが見え、廊下の順番待ちの客の人数を確認しに行く。すると廊下の角で喚声があがった。 「千鶴センパイ!」 「千鶴先輩だあ」 「先輩、お元気でしたか!」  口々にあがる声ににこやかに微笑みながら千鶴が俺の前に来た。 「こうちゃん、来たよー」  来たよーじゃねえ。フツウに話しかけんなよ、俺たち冷戦中だろうが。むすっとしてにこりともしない俺の顔を見て、千鶴は情けなく眉根を寄せる。  そう。あの日、千鶴の無神経な発言に腹を立てて以来かれこれ三週間がすぎたが、俺はまだ千鶴を許さずにいた。あの翌日にはけろっとして朝の挨拶をしてきた千鶴にますます腹が立った俺は、態度を軟化させるタイミングを完全に見失ってしまったのである。
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