1話 文化祭の憂鬱

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 とはいえ、遊び盛りの小学生男子なら夢中になってうっかり時間を失念することだってある。そういうことや、何かあったときにすぐ確認ができるよう、誰と遊ぶのか、どこに行くのかを常に母さんに知らせるようにとも言われていた。  ということは、そのときの俺は香澄と遊ぶことや家に行くことを母さんに伝えていなかったわけだ。そんなことがあっただろうか。  うーん、と思い出そうとする俺に、香澄は微妙に苦笑いしている。 「私が転校してきたばかりで、友だちがいなくて、公園にひとりでいたから、紘一くんが遊ぼうって誘ってくれたんだよ」  話しているうちに俺もなんとなくだがそのときのことを思い出す。が、記憶はぼんやりしていて他の出来事と交じっている気がしないでもない。香澄の方はもっと細部まで思い出してきたらしく、「順を追って話すね」と話を事の起こりへと戻した。  香澄が記憶をたどって語った話はこうだった。  夏休みの午後。香澄はひとりで北公園でぶらんこに乗っていた。暑い最中の公園内で遊んでいるのはあとは男子の集団だけ。その中に俺がいたらしい。三年生の頃一緒につるんでいた連中といえば、ヒロトやアキラかそのあたりかなと俺は思い出す。  そのうち男子たちが香澄の存在に気づいてコソコソ話し始めたらしい。五月に転校してきた香澄のことは、二クラスしかない少人数の学年なのだから、ほぼ全員が知っていたはずだ。 「でもわたし、夏休みに遊ぶ友だちがいなくてダメダメだったんだよね」  それは別に、香澄自身がダメだったのではなく、香澄の母親が母親同士のヨコのつながりを持っていなかったことが問題だったのだろうと俺は思った。  家が隣近所なら直接訪ねていって「アキラくんと遊べますか?」と誘うことはできるが、家が遠かったり知らなかったりする場合、学校で会うことができない週末や夏休みの間の遊ぶ約束は、母親同士で連絡を取ってもらう必要があったからだ。「コウイチがヒロトくんと遊びたいって言ってるんだけど、明日遊べる?」といった具合に。  公園など外で遊ぶならいいのだが、家の中で遊ぶ場合には自分用のおやつと皆に配る用のお菓子、それに水筒など飲み物もしっかり持たされる。それくらい母親同士気を使い合っていたのだ。
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