1話 文化祭の憂鬱

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 稀にまったくの身一つでやって来て、「おばさん、のどかわいた」などと言うツワモノもいるにはいて、母さんは微笑んで麦茶を出しながら「みんながみんなこうなら、それはそれでいいのだけどねえ」なんてぼやいていた気がする。  ……と、俺は余計なことばかり思い出して肝心の香澄と会った公園での場面がどうにも曖昧なのだが、とにかく、そんな男子たちの中から俺が飛び出してきて香澄に話しかけたらしいのだ。  これもまた夏休みの小学生の常として「宿題あと何が残ってる? オレあと読書感想文だけだぜ」とかいう話が多くなる。俺と香澄もそんな会話になり、香澄は星の観察をまだしていないのだと話したらしい。  三つの一等星のこと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブの夏の大三角を見つけよう、という自然観察の宿題があったのだ。八月の夜空に夏の大三角が見えるのは真東、上空高くに見えるのを待っていると夜九時頃になってしまう。  そんな時間に子どもがひとりで外に出ることはできない。庭先やベランダから見えるならいいが回りに建物があったらそうもいかない。実際、俺は父さんについてきてもらい千鶴もくっついてきて三人で外灯の少ない畑のそばまで行った覚えがある。  香澄はまだそれができていないと聞いて、それなら手伝ってやると俺が言い出したらしいのだ。そんな覚えがあるような、ないような。だがそのときの自分の心理はトレースできる気がした。  転校してきたばかりで友だちが少なく心細そうにしているクラスの女の子が、宿題が終わらず困っている。なんだそんなの、俺はバッチリだぜ、できてるんだぜ、こうやってやるんだぜ、と教えてやりたくてウズウズだったのだろうなーと推察する。  そうすると不思議なもので、「ほんとに?」と瞳を輝かせる小学生の頃の香澄の姿が思い浮かんできた。 「それで一緒に夏の大三角を見ようってなったのか?」  話の流れとしてそうなのだろうが、イマイチ当時の状況を思い出せずにいる俺は首を傾げざるを得ない。その頃の俺は、親に黙ってどこかへ行ってはいけないというルールをまだきっちり守っていたはずだ。  その日、ヒロトたちと北公園で遊ぶと言って家を出てきたのなら、その後、ましてや夜に家を出なくてはならないようなことならば、当時の俺なら一度家に戻って母さんの了承をもらおうとしたはずだ。
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