1話 文化祭の憂鬱

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「お姉ちゃんの千鶴がのびのびやってるのに。紘一はカチコチに考えすぎじゃない?」 「俺は男だし」  養子だし。俺が真実を知っているとは思いもしないだろう母さんには言えないけど。 「ごちそうさま」  自分の使った食器を流しに運び、手を洗いがてら水を流しているとバタバタと千鶴がやっと下りてきた。 「こうちゃん待ってよー」 「待たない」 「待って待って、ごはんごはん」 「千鶴、落ち着いて食べなさい」 「だってー」 「お化粧に時間をかけすぎなのよ、その分ゆっくりごはんを食べればいいのに」  まったくだ。メシを食うより見てくれの方が大事だとでもいうのか。千鶴は何もしなくても可愛いのにもっと可愛くなってどうすんだ。  俺はふてくされ気味にゆっくりと時間をかけて靴を履き、ゆっくりと時間をかけてカーポートの父さんのクルマの奥から自転車を引き出した。その頃になって千鶴が玄関から駆け出してくる。 「こうちゃん、待ってってば」 「待てねー」  言いつつ俺はゆっくりとサドルに跨る。同じように自転車を引き出してきた千鶴が「待って待って、とっとと」なんて声をあげながらスカートの裾に気を使いつつペダルに足をのせてひらりと飛び乗り勢いよく漕ぎ出す。 「へっへー、先に行っちゃうよー」  ちきしょうあいつ、またあんなひらひらしたスカートはいて。俺はイラっとしながらペダルに体重をかけ千鶴を追って走り出す。  いつもの朝の、いつもの光景だった。  ローカルならではの、無人の小さな駅舎なのに駐輪場はやたらと広い最寄り駅前に到着すると、俺と千鶴はそこで別れる。千鶴はここに自転車を置いて駅前から出ている路線バスで大学に向かう。  駅からほぼ直線上に見える山の中腹にあるキャンパスへは、坂道が急で自転車ではとても登れないのだそうだ(電動自転車でもムリらしい)。マイカーを使う学生もいるにはいるが、駐車できる場所が限られているので早い者勝ちになるらしい。  年がみっつ離れていて、中学や高校など常に千鶴と入れ替わりに入学していた俺は、いつも先を行く千鶴が、俺の知らない世界の話を楽しそうに語るのが大嫌いだ。  大学生になってからは、これまでとは種類の違う人種との交流やサークルの話、果ては飲み会で聞きかじってきた他人のコイバナまで聞かされて俺は頭がおかしくなりそうだった。千鶴が俺の知らない女になってくみたいで。
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