富士の遺産

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 空中で複数の首を動かしながら、その全ての頭が口を大きく広げる。  ――ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!  巨大な8本の頭を持った大蛇が、地面を揺るがすほどのけたたましい鳴き声を上げた。  蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。その場にいた誰もがその鳴き声に恐れをなし、その場を動く事ができなかった。 「――そんな……ここのボスは雪女のはずじゃ……」 「雪女だって!? でも、あれはどう見たって蛇の化け物じゃないか!!」 「いえ……私もエリーと一緒にここに来たから分かる。ここのボスは泣いてる女の姿が変わり、吹雪が吹き荒れて雪女になるという設定のはずよ?」  エリエとサラザは驚きを隠せない。それよりも、困惑しているのはデイビッドだった。  それもそのはずだ。その巨体の大きさはエミルの持っているリントヴルムをも凌駕している。  天井の見えないボス部屋の中で悠々と立ち上がった八本の首が、地面にいるデイビッド達を見下ろしている。  驚きと恐怖から手をこまねいていると、八つの首のうちの一本が倒れているエミルに向かって襲い掛かった。  その時、その場に金縛りの様に釘付けになっているメンバー達を余所に、星がエミルの方に向かって走り出す。 (このままじゃ……エミルさんがッ!)  そう思った時には、すでに星の体が動いていた。  星は迷うことなく、倒れ込んでいるエミルの前に立ちはだかった。 (私が盾になれば。エミルさんへのダメージが少しは減るはず……たとえ私が死ぬことになっても! この人だけは……)  星はそう思うと牙をむき出しにして向かってくる大蛇の頭にも、不思議と恐怖は感じなかった。ただあるのは、エミルにお礼を言えなかったという後悔だけだ――。 (……エミルさん。短い間でしたが色々とありがとうございました……さようなら)  覚悟を決めた星は心の中でエミルにお礼を言って、ゆっくりと瞼を閉じた。  
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