富士の遺産

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 少女はその茶色い瞳でエリエの青い瞳をじっと見つめ、徐ろに口を開く。 「――師匠と俺はログアウトできないと知ってから、何とかこのゲームの世界から抜け出す方法を探って、あちこちを旅していまして……そこで、この富士の山に通常とは別のルートが存在しているという情報を聞きつけ。おそらく、そのどれかに【現世への扉】があると考え、来てみれば、敵が皆倒されていたので援護する為、急いでこのボス部屋まで来た――というわけです」 「なるほどな。なら、たまたま同じダンジョンに居たってことか」  少女の話を聞いて、納得したようにデイビッドが頷く。 「そうだ。だが、これほどまでに、お前達が腑抜けきっているとはな思ってなかったがな」  男性は少し呆れたようにそう呟き、担いていた星とエミルを地面に寝かせた。しかし、2人はまるで死んでいるかのように動かない。  そんな2人に向かって、エリエが駆け寄って行く。 「――良かったぁ……2人とも気を失っているだけみたい」  エリエは2人が息をしていることを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。  腕組をしてその様子を横目で見ていたマスターに、デイビッドが声を掛けた。 「マスター。今までどこで何をしていたんだ。俺達はあなたが忽然とギルドから抜けて消息を絶ってから、どれだけ俺達が大変だったか――」 「――ふんっ。積もる話があるのは儂もだが、ゆっくりと話をしている暇も無さそうだぞ? ……あれを見ろ!」  マスターが指を差した先を、その場に居た全員が一斉に見た。  視線の先には8つの頭を長く伸ばし、こちらの様子を窺っているヤマタノオロチの姿があった。  その超巨大な8つの頭の口からは、白く激しい息遣いとドロドロとした唾液が止めどなく溢れ出す。それはまるで、餌を目の前にお預けをくらっている獰猛な肉食獣のようだった。
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