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その光景を思い出して星は唇を噛み締め、俯き加減でその場に立ち尽くしている。すると今度は、男性の声が耳に飛び込んできた。
「――月。お父さんの方も手伝ってくれないかい?」
「うん! 今行く~」
声を聞いた返事をして女の子は勢い良く、玄関から飛び出していった。
だが、星にはもうそんなことが瞳に入らないほどに心の中から溢れる思いに大きく揺さぶられる様に壁に背中を付ける。
(私は……私も一生懸命頑張ってる……はずなのに……どうして? なにが、あの子と違うの……?)
そんな言葉が頭の中を駆け巡り、胸が苦しくなる。
上を向いて頭の中では涙を流さないようにと、強く命令しているのに嗚咽が漏れるほど、涙が止めどなく溢れだし、行き場のない悲しみが星の心を満たしていく。
こんな姿をお母さんに見られたら『弱虫だと』きっと嫌われてしまう。
(隠れなきゃ……)
そう思っても、不思議と体が動かない。
脳が命令しても体がそれを拒絶する。
母親の優しい声と数日ぶりに嗅ぐ懐かしい匂い。それは、紛れもない母の匂いだ――。
しかし、今自分の目の前で行われているものが自分ではなく。知らない女の子を愛おしそうに見つめる母の笑顔に、星は困惑し行き場のない感情だけが溢れる。
星の心の中で『どうして?』という感情だけがぐるぐると渦巻いている。
その時、母親の顔が星を見てゆっくりとこちらへ向かってきた。
もう隠れている暇もない。
(今この家にはお母さんと私しかいない……追い出される!)
星は遂にばれたと思い。無意識のうちに目を瞑ってしまう。
だが、星のそんな心配をよそに母親は、星の横をまるで誰も居ないかのように通り過ぎていった。
「……えっ?」
星は何が起きたのか分からず、きょとんとしている。
半信半疑のまま、とりあえず外に出ようと玄関まで走り出したその時、玄関のドアがめいっぱい開き大きなモミの木を抱えた男性が入ってきた。
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