理想と現実

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 星は生唾を飲み込む。すると、右手でぎゅっとドアノブを握って引っ張った。  少しの手応えの後にスポッ!と、確かな手応えとは裏腹にドアノブが抜ける。 「…………」  予想外の事に星の頭の中は真っ白になり、思考回路が停止する――。  無言のまま自分の右手に握られたドアノブと、ぽっかりと穴の開いたドアを交互に見た。  星が呆然としていると、後ろの方から楽しげな笑い声が聞こえてきた。  慌てて振り返ると、そこにはリビングのテーブルに腰掛け、楽しそうに笑い合っている3人の姿があった。  その光景は星が長い間。最も自分が欲しいと感じていた平凡な家庭そのものだった。 「――お母さん。凄く幸せそう……でも、どうして? あそこに居るのが、どうして私じゃないんだろう……」  廊下からそれを見ていた星は、がっくりと肩を落としてしょげ返る。  星の記憶なら母親と父親。そして自分でなければ説明がつかない。  いや。生まれる前に父親は亡くなったのだから、そこに自分がいても説明はつかないのだが……。  母親には、自分が生まれたその日に父親が交通事故で亡くなったと聞かされた。もちろん。当時は星も幼くその意味は分からなかったが……。  しかし、夢とは元々そうなればいいという願望のようなものだ。  だからこそ現実味がある必要性はないはずなのだが、この夢は夢と言うにはあまりに現実的で、星には酷な夢だと言わざるを得なかった。  夢とは本来希望に満ち溢れているもので、唯一現実を忘れさせてくれる空間――誰しも瞼を閉じれば、夢は全てを受け入れてくれる。  弱い自分も――受け入れがたい現実も――そして過去に叶えられなかった夢すらも……夢は幻なのだから、どんな願いも叶えてくれる。  だからこそ、自分の目の前で行われているその一家団欒の中にいるのが、どうして自分ではなく。見知らぬ女の子が入っているのか、それがどうしても星には理解できなかった。いや。理解したくなかったというべきかもしれない。これではまるで悪夢だ――。 「……こんなの……こんなの、酷すぎるよ……」  目の前で行われている光景を見ていた星はその衝撃に耐えられず、地面に両手を突いて泣き崩れる。 『それは、あなたが必要ないからだよ? 星』  失意のどん底にある星に、何者かの声が耳元から突然飛び込んできた。
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