アジトへの潜入

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 何故か、男の手には注射器が握られている。それを見た星は小刻みに体を震わせながら怯えた表情で尋ねた。 「……あの、それは……その……」 「分かるだろ? 君は賢い子だからね」  星は表情を曇らせながらも、その言葉に無言のまま頷くと覚悟したように瞼を強く閉じる。  その直後、腕にチクリとした鋭い痛みが走る……。  注射は苦手な星だったが、この時ばかりは拒むわけにはいかない。  拒めば間違いなく、レイニールやエリエ達は殺されてしまう。そう思ったからだ――。  腕から痛みが消え、星はほっとして瞼を開くと、男の手の平が頬を撫でる。 「君は本当に賢い子だね。理解の早い子は嫌いじゃないよ?」 「……はい。なら約束通り……」 「……そうだね。約束通り、君の悩みの種である彼等を、この世から完全に消してあげよう……」 「――ッ!?」  ほっと息を吐いた星の耳に、彼の衝撃的な一言が飛び込んできた。  動揺を隠しきれず、目を丸くさせた星がもう一度尋ねる。 「冗談です……よね? だって約束が……」 「……そうだったね。でも私は君の悩みを取り除くとしか言ってないけど……何を勘違いしたんだい?」 「そ……そんな……」  確かに覆面の男は『悩みを取り除く』としか言っていない。  だが、そんな言い回しをされれば、誰でも希望を持ってしまうのは仕方がないことだ。しかも、それがまだ小学生の女の子なら尚のことだろう……。  星の瞳から涙が一気に溢れ出し、今までの思い出が走馬灯の様に頭の中を駆け巡る。  皆に迷惑が掛からないように覆面の男に捕まった星にとって、それがなかったことにされるのが何よりも怖かった。  すがるような瞳で、なおも必死に訴える星。 「……私はなんでもします! だから……だから皆には……私の友達には手を出さないで下さい!!」  だが、彼から返ってきた言葉は、あまりにも残酷なものだった。 「……ダメだよ。君はもう僕の所有物なんだから……君の心も体も……僕に――」  突如としてそう呟く男の声が徐々に聞き取れないものへと変わり、星の視界が大きく揺らぐ……。  
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