17人が本棚に入れています
本棚に追加
必死に記憶をまさぐると、屈強な男たちに囲まれていた時に交わした約束を思い出した。
「あ! ハム入り卵焼き!」
思いのほか大きな声だったようで、隣にいたサラリーマンにジロリと睨まれる。
「やっぱり、忘れてたな」
図星だ。
倭斗くんにもジロリと睨まれる。
いたたまれず下を向く。
「なんであの場面でハム入り卵焼きなのよ」
倭斗くんが私を助けるために、ひとりで大勢の男たちと対峙した時に言った言葉。
今にして思えば、あの場面に言われる台詞じゃない。
ボソリと呟いた私の耳元で、倭斗がぼそりとつぶやいた。
「好きだから」
「え?」
弾かれたように顔を上げると、そこには優しい笑顔を浮かべた倭斗くんの顔があった。
心臓がドキンと跳ね上がった。
「ハム入り卵焼きが、だよ」
ニヤリと笑って倭斗くんがそう付け加えた時、電車が駅に停車した。
後ろの扉が開いて、一斉に人が降りだした。
人が多すぎてうまく方向転換できなかった私は、後ろへと転びそうになる。
その時、倭斗くんが私の腕をグイッと引っ張り優しく私の体を包み込んだ。
でも、それは一瞬の事、気付けば倭斗くんはもう先を歩いていた。
倭斗くんがそんな事をするはずがないって思うものの、倭斗くんの腕の感触は確かに今も残っている。
高鳴る心臓に戸惑いながらも、視線はいつまでも倭斗くんの背中を追っていた。
すると、その背中が突然振り返った。
倭斗くんは呆然と立ち尽くす私のところまで戻ってくると、むしり取るように私の手から手提げカバンを取り上げた。
そして、中からお弁当を取り出すと、自分のお弁当箱と私のお弁当箱を入れ替えて突き返してきた。
「忘れていたお前には、『華の弁当の刑』だ」
それだけ言うと、倭斗くんは踵を返した。
けれど、数歩進んだところで再び立ち止まり振り返った。
「ああ、そうだ。『弁当の神様』に伝言。森の妖精さんが『お願いだからまた美味しい弁当を華に伝授してほしい』ってさ」
そして、少し照れたように頭をかいた。
「ハム入り卵焼きは俺の好物だ。覚えとけ。今度は忘れるなよ」
顔を真っ赤にする私に、倭斗くんはいたずらっ子のような笑みを見せると人の波に流されるように行ってしまった。
「うん」
すでに答えを聞かせる人はいなかったけど、小さく頷き自分もまた人の波に流されるように改札口へと向かった。
終わり
最初のコメントを投稿しよう!