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見れば彼の制服のボタンに髪が絡まっている。
「ごめんなさい。すぐに取ります」
慌てて髪をほどこうとしたけど、いじればいじるほど絡まっていく。
仕方なく髪を引きちぎろうとすると、それを遮る声が降りかかる。
「待って、引きちぎるならこっち」
とても優しく心地い声。
細くきれいな指がそっと髪に触れると、胸が小さくドキンと鳴った。
何をするんだろうと思う暇もなく、彼は絡まっているボタンを引きちぎった。
すると、それまで頑固に絡まっていた髪はウソのようにスルッとほどけ、ストンと私の手の中に彼のボタンが落ちた。
助けてもらっておきながらボタンを引きちぎらせてしまったことが申し訳なくて、何て言って謝ろうか考えていると、電車がガタンと揺れた。
電車に乗り慣れていないせいか、踏ん張りがきかずそのまま彼の胸に倒れこんでしまった。
「ふぎゃ」
なんとも可愛いくない声が漏れた。
もしかしたらある意味『出会い』であり、もしかしたら淡く儚い恋へと発展していくかもしれないこの状況で、何故に私の口からカエルが潰れたような声がでた?
普通こういうシチュエーションなら『キャ』とか『アッ』とかでしょ!
と心の中で突っ込んでいると、クスクスクス……と、上からかすかに笑い声が聞こえてきた。
優しい声に、かすかに香るいい匂い。本来なら迷惑がられても仕方がないのに、自分のボタンをちぎってまで私の髪を大切に扱ってくれた。
絶対素敵な人に違いない。
それなのに……それなのに……終わった。
私の淡い恋心が儚く散ったその時、電車は駅につき、一斉に電車から人が吐き出された。
あっという間に人の波が彼との距離を広げていく。
そう言えばお礼をちゃんと言えてなかったことに今更気付き、どんよりとした後悔の念が頭をもたげる。
きっと同じ電車だから明日も会えるだろう。その時にちゃんとお礼を言おうと思ったところで、彼の顔を見ていないことに気付いた。
同じ高校の男子生徒というだけで顔も分からない人をどうやって探すというのか。
電車から降り出たホームには、自分が通う高校の制服を着た男子生徒は眩暈がするほどたくさんいた。
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