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目を開けてもよく見えない。瞬きをしてようやく焦点が合ったと思ったら、目の前に立っていたのは鈴木だった。友沢の後ろで扉が閉まる。
「残業か」
「……です。先輩は、帰りですか」
「そう」
「お疲れ様です」
電気仕掛けで下りていく密室に沈黙がこもり、一階までの時間が途方もなく長く感じる。その時、鈴木が口を開いて友沢は飛び上がった。
「この前……」
「は、はい! 先日はいきなりすみませんでした!」
会社だからと思っていたからか、友沢は腰から体を折って謝罪してしまった。鈴木が小さく吹き出す。
「いや、いいよ。俺こそちょっと驚いて……良くない態度だったと思って。ごめんな」
「いえ、そんな」
「まあ、営業なんだから、せめてアポイントくらい取ってくれよ」
冗談めかした言い方にほっとする。
「そうですね、次はちゃんとアポ入れますんで」
友沢が笑ってそう答えると、鈴木の目がすっと冷たくなった。
「次? もう来るなよ」
「え、あ……そうです、よね」
――さっきの笑顔は『演技』か。
背中を冷や汗が流れる。拒絶されているのは分かっていた。当然だ。それでも、と友沢は心を決めた。
「……やっぱり、次回のアポイント取らせて下さい」
「は?」
「話があるんです」
「お前が俺に、今さら何を」
「大事な話です。アポイント、入れさせてください」
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