異形の内懐

1/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

異形の内懐

 初夏だというのに男はコートを羽織っていた。ボタンは首元から膝下まで一つ残らずぴっしりと留め、濃紺の帽子を目深(まぶか)に被り、両手には軍手もはめていた。  駅を出ると、暑さで蒸れた背中を丸めてビルの外壁沿いに歩を早めた。その先に、地べたに敷いたダンボールの上、あぐらをかいて座り、行き交う人の波を見据える生き物がいた。生き物と形容する他ないと男は思った。  生き物に一瞥(いちべつ)をくれただけで先を急ぐ者もあれば、何度も振り返るがやはり立ち止まりはしない者もあった。無関心と好奇心が往来する忙しない道で、その前に立ち止まったのは、コートの男だけであった。  ふと足元を見れば、小銭が数枚入ったブリキの箱がある。そこに五千円札を放り込んだ。 「なんでそうなったのか教えてくれないか」  コートの男が問うと、生き物は「けへへ」とかすれた笑いを漏らした。 「人様のお時間を頂戴してお聞きいただくほど、面白くもなけりゃあ大層な話でもございません」  生き物が(くぼ)んだ目を上げると、痩せこけて骨が浮き出た頬、乾き切って白い筋の入った唇、日に焼けて色素の濃くなった高い鼻が、陽光の下に照らし出された。とんがり帽子を被せれば魔女に見えなくもない。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!