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異形の内懐
初夏だというのに男はコートを羽織っていた。ボタンは首元から膝下まで一つ残らずぴっしりと留め、濃紺の帽子を目深に被り、両手には軍手もはめていた。
駅を出ると、暑さで蒸れた背中を丸めてビルの外壁沿いに歩を早めた。その先に、地べたに敷いたダンボールの上、あぐらをかいて座り、行き交う人の波を見据える生き物がいた。生き物と形容する他ないと男は思った。
生き物に一瞥をくれただけで先を急ぐ者もあれば、何度も振り返るがやはり立ち止まりはしない者もあった。無関心と好奇心が往来する忙しない道で、その前に立ち止まったのは、コートの男だけであった。
ふと足元を見れば、小銭が数枚入ったブリキの箱がある。そこに五千円札を放り込んだ。
「なんでそうなったのか教えてくれないか」
コートの男が問うと、生き物は「けへへ」とかすれた笑いを漏らした。
「人様のお時間を頂戴してお聞きいただくほど、面白くもなけりゃあ大層な話でもございません」
生き物が窪んだ目を上げると、痩せこけて骨が浮き出た頬、乾き切って白い筋の入った唇、日に焼けて色素の濃くなった高い鼻が、陽光の下に照らし出された。とんがり帽子を被せれば魔女に見えなくもない。
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