一口ちょうだい

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一口ちょうだい

地面を見ながら、とぼとぼ歩く自宅までの帰り道。 俺の足は、鉛の靴を履いたみたいだった。 その日、俺は単純なミスで、会社の上司、同僚、部下、たくさんの人に迷惑をかけてしまった。 会社のみんなは優しくて、「気にするな」とか、優しい言葉をかけてくれたが、かえってそっちの方が辛かった。 賑やかな声がして、ふと俺は後ろを振り返った。 大学生くらいの団体が、わいわい騒ぎながら俺とすれ違う。 『くそ、学生はいいな。俺もあの頃に戻りたい』 視線を前に戻すと、見慣れない店がそこにあった。 「こんなところに居酒屋ができたんだな」 俺は急に腹が減って来た。 そう言えば、ミスをしたせいで、昼を食べ損ねたんだった。 ついでに、酒でも飲んで、何もかも忘れたい。 俺の足は、自然とその店に引き寄せられた。 店の引き戸を開け、中に入る。 店内は、長椅子があるカウンター席があり、その後ろにテーブル席が二つあった。 そんなに広いわけではないが、落ち着いた和風の造り。 美味しそうな焼き鳥の煙が漂っている。 だが、なかなかの繁盛店らしく、テーブル席はおろか、カウンター席も満員だった。     
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