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久しぶりに長期の休暇が取れ、日本に帰って見ると季節は春だった。
何気なく乗った電車の車窓からは色とりどりの花が見られる。
駅前の広場に植えられた桜の木にも薄いピンクの花がぽつんぽつんと咲きだしていた。
出掛けに開いた郵便受けには何日か前に友達が亡くなったとの便りが届いていた。
そう言えば彼女は桜の花が好きだった。
無操作にボケットに押し込んだ黒枠の葉書を取り出し見つめながら笑顔の彼女を思い出す。
美人ではなかったけれど優しくて傍にいるだけで気持ちを暖かくしてくれる人だった。
この何年か外国で暮らしていた僕がたまに日本に帰ると、不思議と彼女とすれ違っていた。
それは公園の花壇の前だったり、繁華街の交差点だったり・・
そう言えば去年は夜桜を見に態々出掛けた京都の円山公園の垂れ桜の前で彼女とすれ違ったっけ・・
見知らぬ男性と幸せそうな顔をした彼女の様子に声を掛けそびれていると向こうから声が掛けられた。
「あら、久しぶり、帰ってたの?」
その時の彼女の笑顔に何故か胸がドキドキして、僕は結局ろくな返事も出来なかった。
そんな僕に彼女はクスッと笑う。
「相変わらずねえ、そんなんじゃお嫁さんなんていつの事かしらねぇ」
そう言うと呆れたように僕の肩にチョンと触れた。
「おい、彼に誤解されるぞ」
そう言った僕にまた笑う。
「実はね、彼、奥さんがいるの・・」
「えっ?」
驚いて言葉を失った僕の顔に自分の顔を近づける。
「だから・・
彼氏じゃななくてただの仕事仲間、残念でした」
「残念って、別に僕は」
彼女はまたクスッと笑う。
「今夜は少し湿っぼいわね、明日は雨かしら・・」
そう言うとじゃあねと連れの処に戻って行った。
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