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奏は言い返せなかった。それが事実である以上、言い返しても間黒に笑われてしまうだけだから。ピアニストを目指す人間は大勢いる。その中で生き残っていくには、努力や運以上に才能に恵まれなくてはならない。努力は誰にでもできるが、才能は選ばれた者にしか与えられない。
それを、奏は自分の身をもって知っていた。
彼女はルックスがいい。それこそ最近流行りのアイドルグループと肩を並べても遜色がないほどで、彼女のファンクラブは日を追うごとにその数を増やしている。
けれどそれはあくまでルックスについてだ。実際ピアノの腕前に関しては城瀬や、間黒には遠く及ばないと言ってもいいだろう。業界の中でもそれは言われていることであり、誰よりも彼女自身がそれを自覚していた。
「でも……」
「さて、それじゃ帰ろうか。せっかくだし打ち上げでもしないかい? マネージャーも誘っていこう」
それ以上奏は何も言えなかった。才能がものをいう世界で、間黒に何か言えるのは城瀬くらいのものなのだから。
(やれやれ、相変わらずだな……)
聞き耳なんてたてるんじゃなかったと反省しながら、城瀬は間黒たちがいなくなったのを見計らって外に出る。さっさと帰るつもりが、とんだ残業になったものだ。
外に出ると、人の姿もまばらだった。マスコミも記者の連中もいなくなっているおかげで、随分と気が楽だ。と、不意に視線がある人物に向けられる。意図したわけではないが、偶然だとも思わなかった。
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