第1話「白と黒の鍵盤」

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第1話「白と黒の鍵盤」

◆   ◆   ◆    その日は七月の中旬くらいだっただろうか。都内某所にあるホールには演奏家をはじめ、名の知れた芸能人も軒をそろえる豪華な演奏会が催されていた。一般の参加チケットは販売開始直後に売り切れ、転売されることも多くテレビのニュースになっていたこともあった。  だが、そんなことは演奏する者には関係がない。ただピアノと向き合い、己の内面をさらけ出し奏で続けるだけだった。  指は踊る。白と黒の舞台を上に、バレリーナもとかくと言わんばかりに踊り続ける。奏でる者の名は城瀬英二、若干二十八歳。若手のピアニストの中では頭一つ抜けた天才と呼び声たかい演奏者だった。ホールの中の観客たちは彼の奏でる演奏に、息をするのも忘れ聞き入っていた。  演奏が終わると観客からは賞賛の拍手が鳴り響く。城瀬はそれに対し固い表情のまま、一つ礼をすると舞台を退いていった。彼は最後から二番目、オオトリを務める彼のために早々に場を開けなくてはいけなかった。もちろん彼の演奏も最高のものであり、聴衆たちは興奮冷めやらぬ様子で口々に賞賛の言葉を並べている。     
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