定義

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 一人で夜道を歩いていると、嫌でもあの日を思い出す。もう居ないあの人を思い出す。  ――あの人を愛した日々を、私は決して忘れない。  ****  サヤは、今日も会社からの帰り道に少し遠回りをした。どうしても忘れられない彼に思いを馳せるために。  そんなことをしても哀しくなるだけだと分かっていながら、彼女は無益な遠回りをやめられずにいた。  静まり返った住宅街を抜け、小さな公園に辿り着いた。そこは、サヤが彼とよく来ていた場所だった。池の水面が月明かりで煌々と耀いていた。  サヤは隅にあるベンチにそっと腰を下ろした。彼と一緒のときも、こうして何をするわけでもなくただのんびりと時を過ごしていた。  物思いに耽り、ふと自分に向けられていた暖かい笑顔を思い出して泣きそうになった。もう二度と取り戻せないのだと、痛感する度に胸が締め付けられる。  ――しかしサヤには、その痛みさえも愛しかった。自分はまだ彼を愛しているのだと、忘れてなどいないのだと、そう証明された気がして。  ****  月が雲に隠されて、辺りは少し暗くなった。  サヤは立ち上がると、ゆっくりと公園を出た。まだ帰るつもりはなかった。  淡い月に照らされ、穏やかに歩いていく。暫くして不意に立ち止まり、空を見上げた。  ――少し霞んだ、朧月。まるで、あの日々を表しているかのようだった。  あの日彼は、少し出掛けると言って家を出た。サヤは笑顔で送り出した。気を付けて、そんなありきたりな言葉と共に。  しかし、彼はそのまま帰って来なかった。  その代わりに一本の電話が掛かってきた。  彼と付き合って、ちょうど半年が経った日のことだった。  葬式の日を、サヤは鮮明には覚えていない。ただぼんやりとしていたら、いつの間にか幾日も経っていた。  サヤは何時までも哭いて、啼いて、泣き叫んだ。  ****  ―――――ただ抱き締めて。愛してるって囁いて。……それ以上は何もいらない。キスさえも、どうでもいいから。お願い、安心させて。傍に居てくれるだけで、私は強くなれるから。  ****  幾ら泣いても、彼は帰って来なかった。誰かを喪うことがこんなに恐ろしいのだと、サヤは初めて知ったのだった。  彼さえ取り戻せるのなら、何もいらないと思った。所謂彼女というものが普通求めるようなことも、最早サヤにはどうでもよくなっていた。ただ居てくれるだけでいい。そう毎日願い続けた。  ****  彼のせいで、サヤの恋の定義は、愛の定義は、変わってしまった。これ以上はきっと無いだろう。ここまで溺れることも、哀しむことも。  サヤは今日も思い出す。  愛した日々を。愛した人を。  決して、忘れることのないように。  ―――――私が好きなのは、貴方だけ。
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