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彼の名前を呼んではいけない
「あ、落ちた」
かすれたような声が耳に届いた。
朝の下駄箱でのことだった。
「え?」
声の方を振り向いた。
言ったのは同じクラスの男子生徒だ。背が高く、筆で線を描いたような目が印象的だ。
声を出した主の視線はというと、私ではなく、下に向いていてた。
視線の先を追うと、自転車のカギをつけたキーホルダーが落ちている。
キーホルダーにはウサギがサングラスをかけて、マイクを持っている人形がついていた。
「あっ」
私のだ。上靴を出したと時に落としたのかもしれない。
拾い上げようとしたとき、彼が言った。
「ミックだ……」
ひとりごとのようなつぶやきだった。
慌てて拾って彼を見たが、彼は自分の上履きをはいて、さっさと教室に向かって歩いていた。
私は彼の名前を知っている。
けれど、私は彼の名前を呼ばない。
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