彼の名前を呼んではいけない

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 そもそもの原因は、この女。  毎朝しっかりとブローして、コテをあてた髪で、トイレに行くたびにグロスを塗りなおす恋愛至上主義女子・佐々木杏子。 「名前を呼ぶと恋に落ちる?」 「落ちる……っていうか、恋心が増す、みたいな?」  両手を胸に合わせて話す杏子は、しかし何をやっても恋に落ちる女だ。  目があった、香りが好み、手の節が素敵、うなじのくせ毛がかわいい、字が意外と汚いギャップ萌え、エトセトラエトセトラエトセトラ……。  私たちは、なぜか小学校の頃からいつも一緒だ。いわゆる、腐れ縁というやつ。 「そんなこと言って、また明日にはやっぱりなんか違ったとか言い出すんでしょ」 「ちーがーうーのー!名前を呼ぶと恋が深まるっていうのは、萌えポイントじゃなくて、すべての恋に共通する普遍的な真実なの!」 「普遍的な……」 「そう!ユニバーサル!」 「ちょっと何言ってるかわからないです」  私には肉食女子の言い分は、宇宙言語と言っていいほどに理解不能だ。  杏子は私と話しながらも、鏡を片手に、まつげの上がり具合をチェックしている。  常々思うのだが、見た目を気にするわりに、公衆の面前でまつげチェックのためにゴリラのような表情をさらすのはいいのだろうか。  いいんだろう。多分。 「じゃ、今日こそ聞かせてよ。聡美の恋バナ」 「ないです。まったくなし。無しの助」 「んもーう。そうやってすぐかわそうとするんだからぁ」 「みんながみんな365日恋愛してると思わないでくれる?」  私と杏子の話はいつもかみ合わない。  お互いに、考え方が違いすぎて。  杏子はいつも、明後日の方向から、根拠のない自信満々の格言を作り出す。  けれど、私は気づいていなかった。  この時にはもう、私は杏子の呪いにかかっていたのだ。
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