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キッチンの側の小さな食卓に、皿とフォークを置く。
最初は椅子が一つしかなかったのに、アオバがいつの間にか、俺の為にもう一つ席を増やしておいてくれた。
その真新しい椅子に腰掛けると、アオバが白ワインのボトルを目の前に差し出して笑った。
「じゃん。ここの印刷の仕事を、オレが受注しました」
そう言って、ワインの名前の書かれた、ラベルの部分を指差す。
「へえ。取引先から貰ったって、そういうことか。相変わらず頑張ってるなあ」
「ふふふ」
俺が素直に感嘆していると、アオバは満足気な表情でコルクを抜き、ボトルをグラスに傾けた。
「ありがと」
「うん。いただきます」
「いただきます」
トマトソースのかかったパスタを、くるくるとフォークにからめる。
その手をふいに止めて、正面に座っているアオバを見た。
――俺はこいつの彼氏か。そして、こいつは俺の彼氏なのか。
「……なあ、アオバ」
「うん?」
「俺、うまくやれてる?」
アオバはきょとんとした。
口走ってしまってから、自分の考えの無さに焦りを覚える。
お巡りさんの話をしてからだいぶ間が開いてる。なのに話の前後もなく、唐突にそんなこと聞かれたって、アオバにしてみれば何の事だか、ちんぷんかんぷんに決まってる。
俺ってどうしてこう、言葉が下手なんだろうか。
やっぱりなんでもない、と言おうと口を開きかけた。
そしたらアオバは、仏様みたいな優しい顔で俺を見つめて、
「大丈夫。てっちゃんは大丈夫だよ」
と言って、ニッコリと微笑んだ。
俺の意図を察してくれたのか、単に空気を読んで話を合わせただけなのかは分からない。
だけど俺は、その一言に救われたような気持ちになって、胸をジーンと熱くしていた。アオバの背に後光が差しているかのように見えた。
「……そっか」
「うん」
再びフォークにパスタを絡め、口に運ぶ。
それからグラスを傾けた。白ワインの爽やかな芳香が、口の中に広がる。
「てっちゃん、美味しい?」
「うん。美味しい」
俺が食事を口にするのを見届けて、アオバは嬉しそうに笑った。
アオバは本当に、いい奴だ。
俺に無いものをたくさん持っている。空気が読めるところとか、エネルギッシュなところとか、他者への思いやりだとか、他にも色々なものを。
人として、尊敬している。羨ましいくらいに。
そんないい男から好意を持たれるというのは、とても光栄なことだ。最近はそういう風に思う。側でこんなに幸せそうに微笑まれると、素直に嬉しくなる。
――俺は今、アオバに愛されることが嬉しいと感じ始めているんだ。
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