*第九話:熱帯夜【side Tetsu】

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 キッチンの側の小さな食卓に、皿とフォークを置く。  最初は椅子が一つしかなかったのに、アオバがいつの間にか、俺の為にもう一つ席を増やしておいてくれた。  その真新しい椅子に腰掛けると、アオバが白ワインのボトルを目の前に差し出して笑った。 「じゃん。ここの印刷の仕事を、オレが受注しました」  そう言って、ワインの名前の書かれた、ラベルの部分を指差す。 「へえ。取引先から貰ったって、そういうことか。相変わらず頑張ってるなあ」 「ふふふ」  俺が素直に感嘆(かんたん)していると、アオバは満足気な表情でコルクを抜き、ボトルをグラスに傾けた。 「ありがと」 「うん。いただきます」 「いただきます」  トマトソースのかかったパスタを、くるくるとフォークにからめる。  その手をふいに止めて、正面に座っているアオバを見た。  ――俺はこいつの彼氏か。そして、こいつは俺の彼氏なのか。 「……なあ、アオバ」 「うん?」 「俺、うまくやれてる?」  アオバはきょとんとした。  口走ってしまってから、自分の考えの無さに焦りを覚える。  お巡りさんの話をしてからだいぶ間が開いてる。なのに話の前後もなく、唐突にそんなこと聞かれたって、アオバにしてみれば何の事だか、ちんぷんかんぷんに決まってる。  俺ってどうしてこう、言葉が下手なんだろうか。  やっぱりなんでもない、と言おうと口を開きかけた。  そしたらアオバは、仏様みたいな優しい顔で俺を見つめて、 「大丈夫。てっちゃんは大丈夫だよ」  と言って、ニッコリと微笑んだ。  俺の意図を察してくれたのか、単に空気を読んで話を合わせただけなのかは分からない。  だけど俺は、その一言に救われたような気持ちになって、胸をジーンと熱くしていた。アオバの背に後光が差しているかのように見えた。 「……そっか」 「うん」  再びフォークにパスタを絡め、口に運ぶ。  それからグラスを傾けた。白ワインの爽やかな芳香が、口の中に広がる。 「てっちゃん、美味しい?」 「うん。美味しい」  俺が食事を口にするのを見届けて、アオバは嬉しそうに笑った。  アオバは本当に、いい奴だ。  俺に無いものをたくさん持っている。空気が読めるところとか、エネルギッシュなところとか、他者への思いやりだとか、他にも色々なものを。  人として、尊敬している。羨ましいくらいに。  そんないい男から好意を持たれるというのは、とても光栄なことだ。最近はそういう風に思う。側でこんなに幸せそうに微笑まれると、素直に嬉しくなる。  ――俺は今、アオバに愛されることが嬉しいと感じ始めているんだ。
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