第十話:友情の種と愛の花【side Aoba】

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 * * * 「今週はナイトツーリングに行かない?」  そう言って、ローテーブルに地図帳を広げながら、てっちゃんが麦茶の入ったグラスを傾ける。  カラン、と氷の崩れる音。グラスに付いた結露が、てっちゃんの腕を伝って、あぐらをかいた太ももにポタッと落ちる。カーキ色のカーゴパンツにできたその黒い染みを、オレはぼんやりと見つめた。 「……聞いてる?」 「聞いてる! 夜ツーね!」  慌てててっちゃんの太ももから目を逸らした。欲求不満か。恥ずかしい。  てっちゃんは訝しげに首を傾げ、また地図に目を落とす。 「先週、昼間に走ったら渋滞に巻き込まれて、熱中症になりかけたじゃん」 「確かに。あの時は軽く地獄が見えたわ」 「だろ? だから真夏のツーリングは、やっぱり太陽が隠れてからがベストかなって」  ギラギラ輝く太陽と、コンクリートの照り返しと、容赦なく吹き付ける自動車の熱い排ガスで、真夏の路上は灼熱だ。  その灼熱の中を、むき出しの体で走らなくちゃならない。ライダーにとって、夏は残酷な季節なんだ。  寒さの中風を切るのも辛いけれど、基本的に防寒に気をつければなんとかなる冬と違い、暑さに体力と思考力をガンガン奪われ、命綱であるこまめな水分補給も一苦労の夏場は、身体的にさらにキツい。  時々、空調の効いた車でまったりドライブを楽しんでいるドライバーが羨ましくなったりもする。  じゃあなんでそんな過酷な中、わざわざバイクに乗ってるんだと聞かれたら、「それでも乗りたいから」としか言えないんだけど……。  バイク乗りとは、そういう悲しい生き物なんだ。 「夜ツーなら、夜景の綺麗なところに限るね。この辺なら横浜とか、それから川崎の工場夜景とか?」 「いいね。都内の方だけで走るなら――」  言いながら、てっちゃんは地図の上を指でなぞる。 「やっぱり、豊洲の夜景を見ながらお台場方面へ、レインボーブリッジを渡って、東京タワーを眺めながら都心のビル街を周るって感じ?」 「いいよねー、定番!」  いかにも東京夜景満喫コースって感じだ。オレとてっちゃんは顔を見合わせて笑った。  定番のコースは何度走っても、不思議と飽きがこない。特にお台場はオレのお気に入りスポットでもある。  オレは地図帳のページを閉じて、表紙を手のひらでポンと軽く叩いた。 「じゃ、今日は都内を周って、明日は神奈川の方に行くってのはどう?」 「賛成」 「日が落ちてから出発ね。それまでは――」  てっちゃんの側ににじり寄って、頬をそっと撫でる。  てっちゃんはほんのりと顔を赤くして、オレを見つめた。 「それまでは……」 「……」 「……」 「……なんだよ」  てっちゃんの声は困っているような、焦れているような、ツンとした響きをしている。  オレはゴクリと唾を飲み込んでから、ニッコリと笑った。
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